今年の5月にお亡くなりになった金森修先生が、授業の中で、「原子爆弾はそのときの科学の粋の結晶として作られた」という例で、科学の使い方・使われ方の議論をされたことがとても心に残っている。
いまの社会の中での科学はどうだろうか。物理学や工学といったハードな分野だけでなく、生態学のようなふんわりした分野も、いまの社会にちゃんと向き合っているだろうか。「社会的ニーズに答える」という耳当たりのよい言葉で、社会の主流に迎合してはいまいか。警報をならすべきところで鳴らしているだろうか。
応用科学と社会の関係について。社会の主流に対して、支援する科学、警告する科学、道を示す科学があると思う。道を示すというのは「進むべき道」をしめすのではなく、選択肢を提示し「どの道はどこに通じると予想されるか」を示すという意味だ。どの科学も重要だと思う。
東邦大学で保全生態学を勉強している西廣淳のブログです。更新は断続的です。頻繁な情報発信はフェイスブックとツイッターでしております。 | Facebook https://www.facebook.com/jun.nishihiro | Twitter https://twitter.com/jnishihiro | 本業のウェブページ http://www.lab.toho-u.ac.jp/sci/env/coneco/
2016年8月6日土曜日
2016年7月24日日曜日
社会-生態システムのレジリエンスを高める7原則(その1)
Biggs R, Schluter M, schoon ML (eds) 2015. Principles for Building Resilience: Sustaining Ecosystem Services in Social-Ecological Systems. Cambridge University Press.
ストックホルムレジリエンスセンターが進めるResilience Alliance の若手メンバーがまとめたこの本、とても読みやすい。
この本では、社会-生態システムのレジリエンスを高める原則として、以下の7つが説明されている。なおこの7原則の提案は、Annual Review of Environment and Resources に掲載された 'Toward principles for enhancing the resilience of ecosystem services' がオリジナルである。
社会-生態システムのレジリエンスを高める7原則
1.多様性と冗長性を維持せよ。
2.連結性を管理せよ。
3.「遅い変数」とフィードバックを管理せよ。
4.社会-生態システムを複雑適応系として把握せよ。
5.経験と学習を重視せよ。
6.連携を拡張せよ。
7.多中心的なガバナンスシステムを目指せ。
ストックホルムレジリエンスセンターが進めるResilience Alliance の若手メンバーがまとめたこの本、とても読みやすい。
この本では、社会-生態システムのレジリエンスを高める原則として、以下の7つが説明されている。なおこの7原則の提案は、Annual Review of Environment and Resources に掲載された 'Toward principles for enhancing the resilience of ecosystem services' がオリジナルである。
社会-生態システムのレジリエンスを高める7原則
1.多様性と冗長性を維持せよ。
2.連結性を管理せよ。
3.「遅い変数」とフィードバックを管理せよ。
4.社会-生態システムを複雑適応系として把握せよ。
5.経験と学習を重視せよ。
6.連携を拡張せよ。
7.多中心的なガバナンスシステムを目指せ。
2016年7月21日木曜日
「どうするのがよいのですか?」その3(合意形成)
価値観が異なる人どうしが相談してものを決める。「合意形成」は、自然再生の目標設定に限らず、日常生活から社会活動までいろいろな場面で必要になる。
これまでいくつもの合意形成の場面で、成功や失敗の経験をした。
合意形成のポイントは「価値観を変える」ことだと思う。自分が絶対と信じていたことを他人の意見や新たな事実をとりいれて見直す。よい合意形成は、異なる価値観の最大公約数を見つけることではなく、自分の価値観を見直すことで実現する。
下の図のようなイメージ。グラフの横軸は、「ヨシ原にするか田んぼにするか」「樹林にするか草原にするか」「開発か保全か」なんでもいい。縦軸は青い価値観の人、赤い価値観の人それぞれの満足度を意味する。
左の図では両者が合意できる解をみつけるのは困難で、仮に見つけられたとしても両者にかなり不満が残る。右の状態では、両者が高い満足を得られる答えが見つけやすい。
左の状態も右の状態も、青の人は横軸の値が小さいような状態が好きで、赤の人は横軸の値が大きいほうが好きという基本的な「思想」はかわらない。しかし、中間的な段階への評価が大きく異なる。
この図の教訓は、「考え方を少し変えればハッピーな合意形成が実現する」「両極端のみを意識して主張しても合意できない」ということだ。
左のような関係から右のようにする過程が「合意形成」の肝だとおもう。この変化に役立つのは、丁寧に相談できる雰囲気、謙虚な気持ち、客観的な情報。「科学的知見」はこの場面でも役に立つと思う。合意形成における研究者のもっとも重要な役割は、そのような情報の提供だと思う。
これまでいくつもの合意形成の場面で、成功や失敗の経験をした。
合意形成のポイントは「価値観を変える」ことだと思う。自分が絶対と信じていたことを他人の意見や新たな事実をとりいれて見直す。よい合意形成は、異なる価値観の最大公約数を見つけることではなく、自分の価値観を見直すことで実現する。
下の図のようなイメージ。グラフの横軸は、「ヨシ原にするか田んぼにするか」「樹林にするか草原にするか」「開発か保全か」なんでもいい。縦軸は青い価値観の人、赤い価値観の人それぞれの満足度を意味する。
左の図では両者が合意できる解をみつけるのは困難で、仮に見つけられたとしても両者にかなり不満が残る。右の状態では、両者が高い満足を得られる答えが見つけやすい。
左の状態も右の状態も、青の人は横軸の値が小さいような状態が好きで、赤の人は横軸の値が大きいほうが好きという基本的な「思想」はかわらない。しかし、中間的な段階への評価が大きく異なる。
この図の教訓は、「考え方を少し変えればハッピーな合意形成が実現する」「両極端のみを意識して主張しても合意できない」ということだ。
左のような関係から右のようにする過程が「合意形成」の肝だとおもう。この変化に役立つのは、丁寧に相談できる雰囲気、謙虚な気持ち、客観的な情報。「科学的知見」はこの場面でも役に立つと思う。合意形成における研究者のもっとも重要な役割は、そのような情報の提供だと思う。
2016年7月20日水曜日
保全生態学の3つのパラダイム
保全生態学のパラダイムは、「自然保護の時代」「生態系管理の時代」「レジリエンスの時代」にわけると理解しやすいように思う。これらは誕生順にならべたが、前の概念が古いものとして否定されたわけではなく、後のものが付け加わってきた。その意味では、「パラダイム」という言い方は適切ではないかもしれない。「モデル」と呼べば無難だが、個々の研究ではなく研究の「流れ」に影響する概念モデルという意味で、パラダイムと仮に呼ぶ。
生物多様性の位置づけも変化した。自然保護パラダイムでの「生物多様性」は、漠然とした存在だった「急速に失われているもの」「残したいもの」を一言で表す便利なことばとして流布した。生態系サービスのバランスと持続性を考える生態系管理のパラダイムでの「生物多様性」は、サービスを生み出す源泉として位置づけられたが、同時に、生態系の機能・サービスの生成機構を研究するほど、生物多様性そのものの必要性はあいまいになるジレンマがあった。端的に言えば、生態系の機能にとっては、希少種よりも普通種の方が重要なのだ。たいていの場合。
レジリエンス重視のパラダイムでは、外力をうけてもやがて元の状態にもどれる生態系が目標とされる。レジリエンスの高いシステムがもつ一般的な性質についての議論も進んでいるが、「撹乱後の復活」という長期的な現象の探求は難しい。レジリエンスの高い生態系の姿は、順応的に追求することになる。
順応的管理には、出発点となる仮の目標の設定が必要となる。「長い年月をかけてその場所に残ってきた生態系はレジリエンスが高いのではないか」という仮説を元に目標を設定するのは、賢明な態度だろう。歴史的な産物である地域の生物相と生物間相互作用を重視する。これは生物多様性保全そのものである。
生物多様性は、一週回ってふたたび「目標」としての価値を帯びてきた。
生物多様性の位置づけも変化した。自然保護パラダイムでの「生物多様性」は、漠然とした存在だった「急速に失われているもの」「残したいもの」を一言で表す便利なことばとして流布した。生態系サービスのバランスと持続性を考える生態系管理のパラダイムでの「生物多様性」は、サービスを生み出す源泉として位置づけられたが、同時に、生態系の機能・サービスの生成機構を研究するほど、生物多様性そのものの必要性はあいまいになるジレンマがあった。端的に言えば、生態系の機能にとっては、希少種よりも普通種の方が重要なのだ。たいていの場合。
レジリエンス重視のパラダイムでは、外力をうけてもやがて元の状態にもどれる生態系が目標とされる。レジリエンスの高いシステムがもつ一般的な性質についての議論も進んでいるが、「撹乱後の復活」という長期的な現象の探求は難しい。レジリエンスの高い生態系の姿は、順応的に追求することになる。
順応的管理には、出発点となる仮の目標の設定が必要となる。「長い年月をかけてその場所に残ってきた生態系はレジリエンスが高いのではないか」という仮説を元に目標を設定するのは、賢明な態度だろう。歴史的な産物である地域の生物相と生物間相互作用を重視する。これは生物多様性保全そのものである。
生物多様性は、一週回ってふたたび「目標」としての価値を帯びてきた。
「どうするのがよいのですか?」その2
ヨシ原になればセッカ類やカヤネズミが暮らせるようになるがコウノトリは採餌できない。ヨシを刈り取って田んぼのような場所を作ればカエルが増えてひょっとするとコウノトリも来るかもしれないがカヤネズミは営巣しない。多様な生物の暮らし場所は(局所的には)両立しない。その場所で何を目標にするかによって最適な管理はかわる。
何を重視するか、つまり価値観は人によって違うし、同じ人でも受け取る情報によって変わる。絶対的な価値観はない。「生物多様性を保全する」も価値観のひとつである。
研究者も価値観をもっている。それを表明していけないということではない。自分の価値観であることをはっきりさせた上で、ということが重要だろう。研究者以外の人とはちょっと違う視点からの「意見」は役立つことも多いかもしれない。
しかしその意見の表明は、科学からの情報提供とははっきり分けられるべきだ。科学からの情報提供とは「○○をしたほうがいい」ではなく「△△な状態にするためには○○をすることが効果的だと予想される」という形でなされるものだと思う。この「・・ためには」の内容は、価値観のかかわる命題で、合意形成が必要な部分だ。(つづく)
2016年7月19日火曜日
「どうするのがよいのですか?」
いろいろな地域で、市民の方といっしょに休耕田に池を掘ったり、河川や水路の手入れをしたりする機会が増えている。そこでかならずいただくのは「草は刈ったほうが良いんですか?」「池は深いほうがいいんですか?」「川と池はつないだほうがいいですか?」という類の質問である。
このようなご質問をいただくと、わたしはいつも「どうしたいですか?」とうかがっている。どんな湿地にしたいかによって、管理の方針が変わるからだ。すると「それを先生が決めてくください」というお答えをよくいただくことが多い。「私たちは、言われたようにやりますから」といわれたこともある。
そうではない。自然再生の目標は科学では決められない。目標は、その場所の将来に興味のある人たちが相談して決めるものだ。科学にできることは、その目標を実現するに適切と思われる方法(順応的管理の出発点になる仮説)を提示したり、いまのままだと将来どのように変化するか予測することだ。
目標設定は、価値観のかかわる命題である。科学が答えをだすものではない。(つづく)
このようなご質問をいただくと、わたしはいつも「どうしたいですか?」とうかがっている。どんな湿地にしたいかによって、管理の方針が変わるからだ。すると「それを先生が決めてくください」というお答えをよくいただくことが多い。「私たちは、言われたようにやりますから」といわれたこともある。
そうではない。自然再生の目標は科学では決められない。目標は、その場所の将来に興味のある人たちが相談して決めるものだ。科学にできることは、その目標を実現するに適切と思われる方法(順応的管理の出発点になる仮説)を提示したり、いまのままだと将来どのように変化するか予測することだ。
目標設定は、価値観のかかわる命題である。科学が答えをだすものではない。(つづく)
2015年7月25日土曜日
もっと「使える」保全生態学を目指して
(以下、Facebook に投稿した記事の転載です。)
このたび、日本生態学会の雑誌「保全生態学研究」の投稿規定が改訂されました。今回の目玉は「投稿資格の変更」です。これまで、論文の筆頭著者が日本生態学会の会員である必要がありましたが、これからは「著者の一人以上が生態学会員であればよい」ことになります。
この変更は、「生物の保全にかかわる市民・NPO・コンサルタント・行政などの方が中心になって調査結果や活動成果をまとめ、研究者がそれをサポートして論文にする」という形を奨励する意図があります。保全生態学研究では、以前から、原著論文だけでなく、他の地域で参考になる取り組みを紹介する「実践報告」や、貴重な調査報告を残す「調査報告」といった投稿カテゴリーを設けていますが、今後はこれらの報告がますます活性化することを期待しています。「こんな記録をしているんだけど論文になるかな?」というご相談も受け付けております。
基礎科学は英語中心で発展していますが、応用科学では、多様な「現場の人」が使いやすい日本語の論文にも大きな価値があります。保全生態学をもっともっと「使える科学」にしたいです。
ちなみに応用生態工学会の雑誌「応用生態工学」も、先月から、「第一著者あるいは連絡対応著者(corresponding author)が学会員であればよい」という形に規定変更して、以前よりも門戸を広げています。
これらの分野では、わかったことを論文にして公の知識にする「公表の文化」、政策や戦略を策定するときは査読付き論文を活用して文書中に明示する「引用の文化」の両方がまだ未熟です。もっともっと読み書きをがんばりましょう!
保全生態学研究投稿規定はこちら
このたび、日本生態学会の雑誌「保全生態学研究」の投稿規定が改訂されました。今回の目玉は「投稿資格の変更」です。これまで、論文の筆頭著者が日本生態学会の会員である必要がありましたが、これからは「著者の一人以上が生態学会員であればよい」ことになります。
この変更は、「生物の保全にかかわる市民・NPO・コンサルタント・行政などの方が中心になって調査結果や活動成果をまとめ、研究者がそれをサポートして論文にする」という形を奨励する意図があります。保全生態学研究では、以前から、原著論文だけでなく、他の地域で参考になる取り組みを紹介する「実践報告」や、貴重な調査報告を残す「調査報告」といった投稿カテゴリーを設けていますが、今後はこれらの報告がますます活性化することを期待しています。「こんな記録をしているんだけど論文になるかな?」というご相談も受け付けております。
基礎科学は英語中心で発展していますが、応用科学では、多様な「現場の人」が使いやすい日本語の論文にも大きな価値があります。保全生態学をもっともっと「使える科学」にしたいです。
ちなみに応用生態工学会の雑誌「応用生態工学」も、先月から、「第一著者あるいは連絡対応著者(corresponding author)が学会員であればよい」という形に規定変更して、以前よりも門戸を広げています。
これらの分野では、わかったことを論文にして公の知識にする「公表の文化」、政策や戦略を策定するときは査読付き論文を活用して文書中に明示する「引用の文化」の両方がまだ未熟です。もっともっと読み書きをがんばりましょう!
保全生態学研究投稿規定はこちら
2014年3月23日日曜日
霞ヶ浦導水事業の検証報告書案へのコメント
利根川・霞ヶ浦・那珂川をパイプラインで結ぶ「霞ヶ浦導水事業」は、ダム事業の一つとして「事業検証」の対象となっています。国土交通省による「検証に係る検討報告書(素案)」への意見公募期間は終わってしまいましたが、これから検証結果とそれへの意見が公表され、継続の是非を議論する段階に入ります。
私は下記サイトにも掲載されている「霞ヶ浦導水事業の検証に係る検討報告書(素案)」へのコメントとして以下の内容を提出しました。
http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000163.html
以下が提出したコメントです。
・異なる水系間の連結は、一方に侵入した外来種が他方に分布拡大するリスクをもたらす。外来種の中には農業や漁業に悪影響をもたらすものも多い。たとえば霞ヶ浦や利根川水系に近年侵入している外来植物ナガエツルノゲイトウやミズヒマワリは、強害雑草化し水田農業に被害をもたらす。また霞ヶ浦・利根川水系に蔓延しつつあるカワヒバリガイは、水路や水門等の機能不全をもたらす。今後、新たな外来種や現在認識されていない魚類への病原となる微生物などの移入により、社会・経済的な損失が生じる可能性は否定できない。これらは、流域内の溜池の活用のような水系を連結しない代替案では発生しない導水事業固有のリスクである。生物移入による社会・経済的損失が生じるリスクを最小化するための予防的な観点に立った方策を検討すべきであろう。
・霞ヶ浦や利根川水系で蔓延しつつある外来種カワヒバリガイが導水のパイプラインや途中の施設の内部に大量に付着した場合、施設の機能に障害がでることが予測される。カワヒバリガイが施設に付着した場合の除去の方策やそのためのコストを検討する必要がある。
・生物多様性に与える影響の評価が不十分である。導水に伴う環境改変(上記した生物移入だけでなく、工事に伴う改変や水質・水温が異なる水が流入することによる環境改変を含む)が地域の生物多様性・生態系にもたらす影響を予測し、代替案と比較する必要がある。導水により異なる水系を連結することは、地域の生物相や遺伝構造の改変をもたらす可能性が高い。報告書(素案)では表4.2-24、表4.3-63、表4.4-52において「環境への影響」が言及されているが、そこでの生物への影響についての記述はきわめて抽象的であり、代替案との比較ができる内容ではない。河川水辺の国勢調査など基本的な生物情報は存在するので、それらのデータを用いた解析を進め、具体的に検討して記述する必要がある。
・本資料からは利水参画者が提示した開発量の目標値の妥当性が判断できない。今後の人口や産業の動態予測を踏まえた妥当な予測になっているか検討するためにはより詳細な情報が必要である。資料で示された計画給水量を見る限り、直感的には過大評価と思われる値が多い。
・上記の通り、考慮すべきリスクやコストが十分に検討されておらず、また利水の目標についても疑問がある。本報告書からは、霞ヶ浦導水事業を、水質浄化と利水を目的とした事業として妥当であると判断することはできない。
私は下記サイトにも掲載されている「霞ヶ浦導水事業の検証に係る検討報告書(素案)」へのコメントとして以下の内容を提出しました。
http://www.ktr.mlit.go.jp/river/shihon/river_shihon00000163.html
以下が提出したコメントです。
霞ヶ浦導水事業の検証に係る検討報告書(素案)へのコメント
2014年3月12日
東邦大学理学部 西廣淳
・異なる水系間の連結は、一方に侵入した外来種が他方に分布拡大するリスクをもたらす。外来種の中には農業や漁業に悪影響をもたらすものも多い。たとえば霞ヶ浦や利根川水系に近年侵入している外来植物ナガエツルノゲイトウやミズヒマワリは、強害雑草化し水田農業に被害をもたらす。また霞ヶ浦・利根川水系に蔓延しつつあるカワヒバリガイは、水路や水門等の機能不全をもたらす。今後、新たな外来種や現在認識されていない魚類への病原となる微生物などの移入により、社会・経済的な損失が生じる可能性は否定できない。これらは、流域内の溜池の活用のような水系を連結しない代替案では発生しない導水事業固有のリスクである。生物移入による社会・経済的損失が生じるリスクを最小化するための予防的な観点に立った方策を検討すべきであろう。
・霞ヶ浦や利根川水系で蔓延しつつある外来種カワヒバリガイが導水のパイプラインや途中の施設の内部に大量に付着した場合、施設の機能に障害がでることが予測される。カワヒバリガイが施設に付着した場合の除去の方策やそのためのコストを検討する必要がある。
・生物多様性に与える影響の評価が不十分である。導水に伴う環境改変(上記した生物移入だけでなく、工事に伴う改変や水質・水温が異なる水が流入することによる環境改変を含む)が地域の生物多様性・生態系にもたらす影響を予測し、代替案と比較する必要がある。導水により異なる水系を連結することは、地域の生物相や遺伝構造の改変をもたらす可能性が高い。報告書(素案)では表4.2-24、表4.3-63、表4.4-52において「環境への影響」が言及されているが、そこでの生物への影響についての記述はきわめて抽象的であり、代替案との比較ができる内容ではない。河川水辺の国勢調査など基本的な生物情報は存在するので、それらのデータを用いた解析を進め、具体的に検討して記述する必要がある。
・本資料からは利水参画者が提示した開発量の目標値の妥当性が判断できない。今後の人口や産業の動態予測を踏まえた妥当な予測になっているか検討するためにはより詳細な情報が必要である。資料で示された計画給水量を見る限り、直感的には過大評価と思われる値が多い。
・上記の通り、考慮すべきリスクやコストが十分に検討されておらず、また利水の目標についても疑問がある。本報告書からは、霞ヶ浦導水事業を、水質浄化と利水を目的とした事業として妥当であると判断することはできない。
以上
2013年11月3日日曜日
みなかみで萱刈り
11月2日 みなかみで草原管理・保全の活動をしている「森林塾青水」さんにお誘いいただき、萱刈に。
ほんとうに気持ちの良い草原でした。

ハバヤマボクチ
やってみるとけっこう難しい「ボッチ」づくり。これは師匠の模範実演。
かっこいいなあ。
たくさんできました。
鎌で刈ると、ススキ以外の植物を混ぜないように丁寧な作業になります。また草刈り機で刈り取るよりも、高い位置で刈りがちなります。そのせいで、草刈り機でやるよりもロゼットや実生がダメージを受けにくいと感じました。鎌苅の方が種多様性が増すように思います。
みなかみは利根川の水源域です。この水が流れ流れて、いつも見ているあの川になると思うと感慨があります。
ツルリンドウのたね(実は食べてみた)
ほんとうに気持ちの良い草原でした。
ハバヤマボクチ
やってみるとけっこう難しい「ボッチ」づくり。これは師匠の模範実演。
かっこいいなあ。
たくさんできました。
鎌で刈ると、ススキ以外の植物を混ぜないように丁寧な作業になります。また草刈り機で刈り取るよりも、高い位置で刈りがちなります。そのせいで、草刈り機でやるよりもロゼットや実生がダメージを受けにくいと感じました。鎌苅の方が種多様性が増すように思います。
みなかみは利根川の水源域です。この水が流れ流れて、いつも見ているあの川になると思うと感慨があります。
ツルリンドウ
ツルリンドウのたね(実は食べてみた)
2013年10月2日水曜日
外来植物管理の打ち合わせ
きょうは、茨城県、市町村、土地改良区、国交省、農環研、県立博物館の関係者が一堂に会して、新利根川のナガエツルノゲイトウ駆除の打ち合わせをしました。私も2限の講義を終えてすぐ、外来植物を研究している2人の卒研生と一緒に駆けつけて合流しました。ナガエは、霞ヶ浦の流入河川である新利根川には侵入しているものの、まだ霞ヶ浦には本格侵入していません。放置すれば、生態系への影響だけでなく、農業被害や通水阻害をもたらす外来種です。現場では、近所のおじさんも顔を出して「それを駆除するなら力を貸すよ」と。いくつかのハードルはあるものの、なんとか早期対策を実現したいものです。
2013年9月26日木曜日
全国の「湖沼モニタリング人」の集会
きょうは国立環境研究所+全国20道県の環境研究所による、「湖沼の生物多様性・生態系評価のための情報ネットワーク構築 全体会議」に参加しました。水質のモニタリングは定型的・組織的 に行われていますが、生物を対象にした湖沼モニタリングはほとんど行 われておらず、環境省モニタリングサイト1000も、湖沼は4つ しか行われていません。
今後の組織的なモニタリングやデータの共有のため、具体的な調査 方法の相談をしました。私は水草調査のマニュアル案をお配りし、 達古武沼で水草の採集と標本作製の概要を実演しました。まずは「 この指とまれ」で、できる地域で始めてもらい、意見をもらいなが ら、より広く長期的に実施できる調査方法をつくっていきたいと思 います。
全国各地で湖沼モニタリングをしている方々の事例紹介は、とても勉強になりました。湖はそれぞれ個性がありますが、生じている問題には共通性があります。ここ数年、いろいろな湖をみる機会に恵まれているので、色々な方の発表を実感を伴って聴くことができました。
今後の組織的なモニタリングやデータの共有のため、具体的な調査
全国各地で湖沼モニタリングをしている方々の事例紹介は、とても勉強になりました。湖はそれぞれ個性がありますが、生じている問題には共通性があります。ここ数年、いろいろな湖をみる機会に恵まれているので、色々な方の発表を実感を伴って聴くことができました。
2013年9月23日月曜日
モニ1000霞ヶ浦
きょうは環境省モニタリングサイト1000で霞ヶ浦へ。
決められている調査内容は見直したほうが良いと思うところ多々ですが、とても大事に思っている湿地に年に何度も通う機会として、けっこうありがたい。今回も、この植物がちゃんと開花・結実しているのを確認できて、安心しました。
決められている調査内容は見直したほうが良いと思うところ多々ですが、とても大事に思っている湿地に年に何度も通う機会として、けっこうありがたい。今回も、この植物がちゃんと開花・結実しているのを確認できて、安心しました。
草原のサンクチュアリ
先日、許可をいただいて海上自衛隊下総航空基地の敷地内で調査をさせていただきました。かつて北総に広がっていた「牧」(放牧地)のイメージに重なる、とてもよい草地でした。千葉県ではかなり危なくなっている(絶滅の惧れがある)のではないかと思っているヒロハノカワラサイコもたくさん見つかり、少し安心しました。写真はオミナエシとマキエハギです。
周辺で宅地開発が進む中、自衛隊の基地が草原の植物や昆虫の避難場所になってきたようです。除草剤を使わず、適当な頻度で草刈りが継続されてきたことなど、いくつかの幸運があったのでしょう。
隣接する地域では千葉ニュータウン開発が一段落し、これから「空き地」の管理が議論されるようになります。うまく管理すれば、このような避難場所から昆虫やタネがフェンスを越え、豊かな自然を蘇らせてくれるかもしれません。

周辺で宅地開発が進む中、自衛隊の基地が草原の植物や昆虫の避難場所になってきたようです。除草剤を使わず、適当な頻度で草刈りが継続されてきたことなど、いくつかの幸運があったのでしょう。
隣接する地域では千葉ニュータウン開発が一段落し、これから「空き地」の管理が議論されるようになります。うまく管理すれば、このような避難場所から昆虫やタネがフェンスを越え、豊かな自然を蘇らせてくれるかもしれません。
2013年6月18日火曜日
研究室のウェブページ
東邦大学 保全生態学研究室のページを作りました。サイトはこちら。
表紙の写真は小貝川の氾濫原で火入れによる保全が行われているヒメアマナです。
内容はこれから徐々に充実させていきますので、たまに見ていただけると嬉しいです。
教育活動や研究成果などの公式な発表は上記の大学のサイトで、このブログ(あしかび日記)では自由で非公式な発言や情報提供をしていきたいと思います。
研究室のブログは別にあります。湖沼生態学研究室(鏡味マイコループさんの研究室)と共同の、Mycoloop http://mycoloop.blogspot.jp/ です。こちらは学生さんに書いてもらおうと思います。
「いつも長靴を履いているから”足カビ日記”なんですか?」と聞かれました。一応言っておきますが、(いまのところ)水虫はありません。あしかびは葦牙と書きます。「可美葦牙彦舅尊」の「葦牙」です!
表紙の写真は小貝川の氾濫原で火入れによる保全が行われているヒメアマナです。
内容はこれから徐々に充実させていきますので、たまに見ていただけると嬉しいです。
教育活動や研究成果などの公式な発表は上記の大学のサイトで、このブログ(あしかび日記)では自由で非公式な発言や情報提供をしていきたいと思います。
研究室のブログは別にあります。湖沼生態学研究室(鏡味マイコループさんの研究室)と共同の、Mycoloop http://mycoloop.blogspot.jp/ です。こちらは学生さんに書いてもらおうと思います。
「いつも長靴を履いているから”足カビ日記”なんですか?」と聞かれました。一応言っておきますが、(いまのところ)水虫はありません。あしかびは葦牙と書きます。「可美葦牙彦舅尊」の「葦牙」です!
2013年4月7日日曜日
苔の企画展に行ってきました
きょうは茨城県自然博物館に、コケの企画展を見に行きました。コケのように、「身近な存在なのに詳しいことは知らない」「丁寧な見方をしないと面白さが判らない」対象は、博物館の展示の良さがとくに活きますね。本当に楽しかった。
コケが生える色々な環境、コケの進化、コケをすみかにする動物、コケと人間など、いろいろな角度からの説明もとても良いものでしたし、何より全体に綺麗で、なんだか可愛らしい。きょうは幸運にも、企画主任の鵜沢さんにじっくりご案内いただくことができ、家族4人で苔の世界を堪能し、つい盛り上がって、苔トランプ、苔手拭い、苔絵葉書など買い込んでしまいました。
コケの企画展は6月16日までやっているそうです。おすすめですよ!
コケが生える色々な環境、コケの進化、コケをすみかにする動物、コケと人間など、いろいろな角度からの説明もとても良いものでしたし、何より全体に綺麗で、なんだか可愛らしい。きょうは幸運にも、企画主任の鵜沢さんにじっくりご案内いただくことができ、家族4人で苔の世界を堪能し、つい盛り上がって、苔トランプ、苔手拭い、苔絵葉書など買い込んでしまいました。
コケの企画展は6月16日までやっているそうです。おすすめですよ!
2013年3月25日月曜日
霞ヶ浦のヨシ原の侵食
きのう行った霞ヶ浦についてちょっと別の話題。
近年、霞ヶ浦の湖岸にあるヨシ原は、年々面積が小さくなっています。どんなふうに?ヨシ原の湖側の端に行くと、下の写真のように、ヨシを植木鉢に植えたように、丸く高密度に稈が生えた「株立ち状態」になっています。これは、ヨシが生えていた地盤の砂が失われ、ヨシの地下茎どうしが絡み合って辛うじて立っている状態です。このような「株立ち状態」になると、強い波が来た時に、株ごとボッキリと折れて流されてしまいます。そして、新しく前線にさらされたヨシの株もとの砂が失われ始めます。
霞ヶ浦ではこのような「侵食によるヨシ原前線の後退」が全域で進んでいます。複数の地点での測量結果を整理したところ、平均すると年間70㎝の速度で、前線が後退していることがわかりました。
水辺の植生は、鳥類や湿地の植物が生育する場になるだけでなく、コイ科の魚の産卵場所、エビ類の生息場所になるなど、さまざまな役割を担っています。このままヨシ原の衰退が続けば、生態系の様々な側面に不具合が生じ、漁業をはじめとする産業にも影響が及ぶと考えられます。
このような侵食が生じる理由は2つ考えられます。①高い水位を長期間維持するようになっているため、②湖内で砂利や砂の採掘を続けているため、です。①の問題については、これまで複数の角度から検討し、いくつか論文を書いてきました。昨年はそれらの結果をまとめ、水位管理方針の再検討の必要性を訴える「意見論文」も、「保全生態学研究」に発表しました。現在の霞ヶ浦では、ヨシ原の侵食をさらに加速するような「水位運用試験」が進められているからです(しかも「環境との共存を模索するため」という目的で!)。
原著論文を書いて、意見論文を書いて、国土交通省の事務所に説明に行って、とやってきましたが、解決の糸口は今のところ見えません。水位を高くする管理を行うのは、利水のためです。湖沼の環境管理に責任をもつ国土交通省と、水の利用の権利をもつ都県が協力し、水の利用の面でも自然環境の面でも最終的な影響を受ける(次世代への責任をもっている)地域の方々を中心に据えた相談の場を設けて欲しい。科学は「こんな管理をしたらこんな影響が出る」といった情報を提供するお手伝いができますので、なるべく使って欲しいなあと思います。
関連の日本語文献
西廣淳 (2012) 霞ヶ浦における水位操作開始後の抽水植物帯面積の減少.保全生態学研究, 17: 141-146.
西廣淳 (2011) 湖の水位操作が湖岸の植物の更新に及ぼす影響. 保全生態学研究, 16: 139-148.
西廣淳 (2012) 霞ヶ浦における国土交通省による「水位運用試験」への意見. 保全生態学研究. 17: 279-282.
近年、霞ヶ浦の湖岸にあるヨシ原は、年々面積が小さくなっています。どんなふうに?ヨシ原の湖側の端に行くと、下の写真のように、ヨシを植木鉢に植えたように、丸く高密度に稈が生えた「株立ち状態」になっています。これは、ヨシが生えていた地盤の砂が失われ、ヨシの地下茎どうしが絡み合って辛うじて立っている状態です。このような「株立ち状態」になると、強い波が来た時に、株ごとボッキリと折れて流されてしまいます。そして、新しく前線にさらされたヨシの株もとの砂が失われ始めます。
霞ヶ浦ではこのような「侵食によるヨシ原前線の後退」が全域で進んでいます。複数の地点での測量結果を整理したところ、平均すると年間70㎝の速度で、前線が後退していることがわかりました。
水辺の植生は、鳥類や湿地の植物が生育する場になるだけでなく、コイ科の魚の産卵場所、エビ類の生息場所になるなど、さまざまな役割を担っています。このままヨシ原の衰退が続けば、生態系の様々な側面に不具合が生じ、漁業をはじめとする産業にも影響が及ぶと考えられます。
このような侵食が生じる理由は2つ考えられます。①高い水位を長期間維持するようになっているため、②湖内で砂利や砂の採掘を続けているため、です。①の問題については、これまで複数の角度から検討し、いくつか論文を書いてきました。昨年はそれらの結果をまとめ、水位管理方針の再検討の必要性を訴える「意見論文」も、「保全生態学研究」に発表しました。現在の霞ヶ浦では、ヨシ原の侵食をさらに加速するような「水位運用試験」が進められているからです(しかも「環境との共存を模索するため」という目的で!)。
原著論文を書いて、意見論文を書いて、国土交通省の事務所に説明に行って、とやってきましたが、解決の糸口は今のところ見えません。水位を高くする管理を行うのは、利水のためです。湖沼の環境管理に責任をもつ国土交通省と、水の利用の権利をもつ都県が協力し、水の利用の面でも自然環境の面でも最終的な影響を受ける(次世代への責任をもっている)地域の方々を中心に据えた相談の場を設けて欲しい。科学は「こんな管理をしたらこんな影響が出る」といった情報を提供するお手伝いができますので、なるべく使って欲しいなあと思います。
関連の日本語文献
西廣淳 (2012) 霞ヶ浦における水位操作開始後の抽水植物帯面積の減少.保全生態学研究, 17: 141-146.
西廣淳 (2011) 湖の水位操作が湖岸の植物の更新に及ぼす影響. 保全生態学研究, 16: 139-148.
西廣淳 (2012) 霞ヶ浦における国土交通省による「水位運用試験」への意見. 保全生態学研究. 17: 279-282.
2013年3月24日日曜日
妙岐の鼻の春
きょうは関東の湿地の「生物多様性ホットスポット」、霞ヶ浦湖岸の妙岐の鼻(浮島湿原)で調査をしました。この場所の植物の存続のカギを握るのは、水質と「火」です。妙岐の鼻の火入れは2006年以降、市民からのクレームがもとで停止されましたが、2009年からは、「試験的」という注釈つきで、とても小規模に再開。徐々に規模を拡大する相談を始めていました。そのような中、2011年に原発事故、放射性物質の拡散リスクという新たな課題も生じました。
地域になるべく多くの判断材料を提供できるよう、ぼくも、火の効果の検証(優秀な学生さんのおかげでずいぶん成果が出た)、安全な火入れの方法の検討(小貝川や菅生沼での火入れを通じて協力体制ができた)、放射性物質の拡散リスク評価(土壌物理・水文学・植物整理の専門家に相談したり何を測定したらよいか教えてもらったり)などに着手していましたが、そんな矢先、今年は1月末に不審火で湿原の大半が焼けました。幸い、延焼被害もなく、役所にも「久しぶりだねえ」という声は届いたけど苦情はなかったとのことでした。災い転じて・・ではないですが、ぼくも、この機会にしっかりモニタリングしたいと思います。
野焼きを何年も停止してしまうと再開が難しくなります。理由は3つ。①樹木が成長したり枯草がたまりすぎたりして火の制御が難しくなる。②地下茎や埋土種子からの再生ポテンシャルが低減する。③火入れを実行する人々の連帯と安全確実な火入れの技術が失われる。ぼくの勘では、3年間間を開けたら要注意。
野焼きは、短期的にみるとリスクが大きい割に受益者がとても少ない、しかし長期的にみると、伝統的な文化や生物多様性といった次世代への財産を維持する上でとても重要。昔とは違う枠組みで、維持していくべきではないかと考えます。
ぼくは野焼きを「お祭り」にできたらいいと思っています。妙岐の鼻、渡良瀬遊水地、小貝川、菅生沼など、火入れをめぐって議論がある関東の湿地の中で、小貝川だけほとんど目立った反対もなく継続できているのは、主催されている先生のお人柄に加えて、同じ河川敷で「どんど焼き」のお祭りがあるからではないかと思います。「野焼きを維持する現代的枠組み」として、行政を動きやすくする「指定」や条例も有効ですが、最後は「お祭り」を目指したらいいんじゃないかと思っています。観光客に向けて演じるお祭りではなく、地域で協力して段取りをして、大きな火で高揚感をあおられながら、結束を高める儀式。
妙岐の鼻の管理の問題は、野焼きだけではありません。萱を刈り取って利用する活動は、文化の維持のみならず、絶滅危惧植物の維持にもプラスに働く、重要な役割を担っているのですが、近年、刈り取った萱を運び出すのに重い機械を使うようになり、その轍が湿地の植生に強く影響しています。重さをかけてもダメージが少ない浜堤上をなるべく通るようにするなど、工夫していただけるとありがたいのです。
もちろん地元の方からも研究者に言いたいことがあるでしょう。そんな意見交換が、できる雰囲気や場を作りたいなあと思っている次第。
関連の文献
野副健司・西廣淳・ホーテス シュテファン・鷲谷いづみ (2010) 霞ヶ浦湖岸「妙岐の鼻湿原」における植物の種多様性指標としてのカモノハシ.保全生態学研究.15: 281-290.
Wang, Z., Nishihiro, J. and Washitani, I. (2011) Facilitation of plant species richness and endangered species by a tussock grass in a moist tall grassland revealed using hierarchical Bayesian analysis. Ecological Research. 26: 1103-1111.
Wang, Z., Nishihiro, J. and Washitani, I. (2012) Regeneration of native vascular plants facilitated by Ischaemum aristatum var. glaucum tussocks: an experimental demonstration. Ecological Research. 27: 239-244.
地域になるべく多くの判断材料を提供できるよう、ぼくも、火の効果の検証(優秀な学生さんのおかげでずいぶん成果が出た)、安全な火入れの方法の検討(小貝川や菅生沼での火入れを通じて協力体制ができた)、放射性物質の拡散リスク評価(土壌物理・水文学・植物整理の専門家に相談したり何を測定したらよいか教えてもらったり)などに着手していましたが、そんな矢先、今年は1月末に不審火で湿原の大半が焼けました。幸い、延焼被害もなく、役所にも「久しぶりだねえ」という声は届いたけど苦情はなかったとのことでした。災い転じて・・ではないですが、ぼくも、この機会にしっかりモニタリングしたいと思います。
野焼きを何年も停止してしまうと再開が難しくなります。理由は3つ。①樹木が成長したり枯草がたまりすぎたりして火の制御が難しくなる。②地下茎や埋土種子からの再生ポテンシャルが低減する。③火入れを実行する人々の連帯と安全確実な火入れの技術が失われる。ぼくの勘では、3年間間を開けたら要注意。
野焼きは、短期的にみるとリスクが大きい割に受益者がとても少ない、しかし長期的にみると、伝統的な文化や生物多様性といった次世代への財産を維持する上でとても重要。昔とは違う枠組みで、維持していくべきではないかと考えます。
ぼくは野焼きを「お祭り」にできたらいいと思っています。妙岐の鼻、渡良瀬遊水地、小貝川、菅生沼など、火入れをめぐって議論がある関東の湿地の中で、小貝川だけほとんど目立った反対もなく継続できているのは、主催されている先生のお人柄に加えて、同じ河川敷で「どんど焼き」のお祭りがあるからではないかと思います。「野焼きを維持する現代的枠組み」として、行政を動きやすくする「指定」や条例も有効ですが、最後は「お祭り」を目指したらいいんじゃないかと思っています。観光客に向けて演じるお祭りではなく、地域で協力して段取りをして、大きな火で高揚感をあおられながら、結束を高める儀式。
妙岐の鼻の管理の問題は、野焼きだけではありません。萱を刈り取って利用する活動は、文化の維持のみならず、絶滅危惧植物の維持にもプラスに働く、重要な役割を担っているのですが、近年、刈り取った萱を運び出すのに重い機械を使うようになり、その轍が湿地の植生に強く影響しています。重さをかけてもダメージが少ない浜堤上をなるべく通るようにするなど、工夫していただけるとありがたいのです。
もちろん地元の方からも研究者に言いたいことがあるでしょう。そんな意見交換が、できる雰囲気や場を作りたいなあと思っている次第。
関連の文献
野副健司・西廣淳・ホーテス シュテファン・鷲谷いづみ (2010) 霞ヶ浦湖岸「妙岐の鼻湿原」における植物の種多様性指標としてのカモノハシ.保全生態学研究.15: 281-290.
Wang, Z., Nishihiro, J. and Washitani, I. (2011) Facilitation of plant species richness and endangered species by a tussock grass in a moist tall grassland revealed using hierarchical Bayesian analysis. Ecological Research. 26: 1103-1111.
Wang, Z., Nishihiro, J. and Washitani, I. (2012) Regeneration of native vascular plants facilitated by Ischaemum aristatum var. glaucum tussocks: an experimental demonstration. Ecological Research. 27: 239-244.
2013年3月11日月曜日
震災から2年
私らが上の世代から引き継いだよりも困難が多い時代を渡されることになりそうな子どもたちに、どんなメッセージが伝えられるか。とりあえず、たくさん食べよう、たくさん遊ぼう、たくさん考えよう、という話をした。
2013年2月28日木曜日
はる~!
小貝川(野焼きをした場所)と、霞ヶ浦浮島妙岐の鼻(今年不審火で広範囲が焼けた場所)に行き、地表面の温度測定のセッティングをしてきた。
でも本当はもっと早くやるべきでした。もう春ですよ。
でも本当はもっと早くやるべきでした。もう春ですよ。
ノウルシの芽だし
にょろにょろ生えてきたのはアマナ
2013年2月16日土曜日
「科学的に正しい」?
「科学的にみて間違った活動が行われている」と憤る研究者は多い。でもこの批判はおかしい。
たとえば「川の石を磨いて藻類をはがして川をきれいにしましょう」という活動があったとする。確かにご飯を吹き出してしまいそうな話だ。しかし、これを「間違い」とする判断が成り立つのは、たとえば「多様な生き物が暮らす川がよい」といった特定の価値観を前提とした場合に限られる。もし「子どもが足を滑らせにくい川がよい」という価値観を前提とすれば、道理にかなった行為と言えるだろう。科学は、ある行為をすればどのようなことが起こるか予測することに役立つだけで、その行為が「正しい」かどうかにの判断材料はもたらさない。
自然科学の研究者には、自分自身が対象への強い思い入れがあって研究の道に入った人や研究対象に感情移入してしまう人が多く、また大学や学会といった社会全体から見たらかなり均質な集団の中で暮らしている人がほとんどだから、特定の価値観にとらわれていることに無自覚になりがちである。生態学会にいたら「多様な生物がいたほうが良い」、陸水学会にいたら「栄養塩が高すぎない水が良い」みたいな感じかな。でも、それらは社会に存在する多様な価値観の一つに過ぎない。
とある陸水学者に、「そんなことをしたら溶存酸素が低下しますよ!」とすごい剣幕で言われたことがある。その時は、この人は「溶存酸素が高いことは善」という世界で生きていて、それ以上の空想力がないのかなあと思った。
自然科学者だけではない。一部の環境社会学の人たちがもつ「役所は悪」「伝統的文化を守ることは善」みたいなのもそうだろう。
研究者が特定の価値観をもってはいけないとは思わない。むしろ、価値観に依拠せずに研究テーマを選ぶことは難しいと思う(というか「価値観」の定義を突き詰めたら「不可能」ということになるんじゃないかな)。重要なのは、自分が特定の価値観に依拠しているということを自覚することだと思う。その自覚をもたずに、「『科学的』にみて正しい/間違っている」というのは、「科学」という権威の濫用だろう。でも、「科学的」という言葉をそのように暴力的に使う研究者は意外に多いみたい。よろしくないですね。
私は「生物多様性を大切にする社会は人間にとって良い社会だ」と思っている。しかし、これは仮説だし、その仮説を重視するのは私の「特別な」価値観だと思っている。この仮説の検証につながる研究をしたいと思っている。また、価値観の異なる方々への語りかけを続けたいと思う。
「その行為は科学的に間違っています」ではなく、「その行為は生物多様性を損なう可能性があります。生物多様性が失われると何が困るのか、十分にはわかりません。しかしわかった時には取り返しがつきません。将来のためになるべく幅広い選択肢を残しませんか。」と。・・・・長いよなあ、説得力がないよなあ。
たとえば「川の石を磨いて藻類をはがして川をきれいにしましょう」という活動があったとする。確かにご飯を吹き出してしまいそうな話だ。しかし、これを「間違い」とする判断が成り立つのは、たとえば「多様な生き物が暮らす川がよい」といった特定の価値観を前提とした場合に限られる。もし「子どもが足を滑らせにくい川がよい」という価値観を前提とすれば、道理にかなった行為と言えるだろう。科学は、ある行為をすればどのようなことが起こるか予測することに役立つだけで、その行為が「正しい」かどうかにの判断材料はもたらさない。
自然科学の研究者には、自分自身が対象への強い思い入れがあって研究の道に入った人や研究対象に感情移入してしまう人が多く、また大学や学会といった社会全体から見たらかなり均質な集団の中で暮らしている人がほとんどだから、特定の価値観にとらわれていることに無自覚になりがちである。生態学会にいたら「多様な生物がいたほうが良い」、陸水学会にいたら「栄養塩が高すぎない水が良い」みたいな感じかな。でも、それらは社会に存在する多様な価値観の一つに過ぎない。
とある陸水学者に、「そんなことをしたら溶存酸素が低下しますよ!」とすごい剣幕で言われたことがある。その時は、この人は「溶存酸素が高いことは善」という世界で生きていて、それ以上の空想力がないのかなあと思った。
自然科学者だけではない。一部の環境社会学の人たちがもつ「役所は悪」「伝統的文化を守ることは善」みたいなのもそうだろう。
研究者が特定の価値観をもってはいけないとは思わない。むしろ、価値観に依拠せずに研究テーマを選ぶことは難しいと思う(というか「価値観」の定義を突き詰めたら「不可能」ということになるんじゃないかな)。重要なのは、自分が特定の価値観に依拠しているということを自覚することだと思う。その自覚をもたずに、「『科学的』にみて正しい/間違っている」というのは、「科学」という権威の濫用だろう。でも、「科学的」という言葉をそのように暴力的に使う研究者は意外に多いみたい。よろしくないですね。
私は「生物多様性を大切にする社会は人間にとって良い社会だ」と思っている。しかし、これは仮説だし、その仮説を重視するのは私の「特別な」価値観だと思っている。この仮説の検証につながる研究をしたいと思っている。また、価値観の異なる方々への語りかけを続けたいと思う。
「その行為は科学的に間違っています」ではなく、「その行為は生物多様性を損なう可能性があります。生物多様性が失われると何が困るのか、十分にはわかりません。しかしわかった時には取り返しがつきません。将来のためになるべく幅広い選択肢を残しませんか。」と。・・・・長いよなあ、説得力がないよなあ。
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