2008年11月22日土曜日

イガイの意外な暮らし

信州大でセミナーがあり山梨大のM先生の深海の生物の身もだえするほど面白かった。

深海の熱水噴出孔や冷水湧出帯に生息するシンカイヒバリガイは、1500kmも離れた沖縄と相模湾の間でも、高い頻度で遺伝子流動があるらしい。また海底にクジラの骨が沈むと、それにほぼ特異的なイガイがつき始めるという。こいつらの分布には分散力はあまり制限要因になっておらず、生息環境さえ整えば「勝手に生えて」くる、カビみたいな生き物なのかな、と思った。でも海流などの影響が強いはずなので、分散も完全に自由ではない。分散様式について質問したが、貝の卵や幼生の分散を調べるのはとても難しく、まだどのような深さの水中を流れているのかもわからないし、海底付近の海流もわかっていないことが多いそうだ。海水をガバッと汲んできて遺伝解析するような方法がそのうちでてくるかもしれない。

イガイの仲間は淡水や岩礁から深海まで、とんでもなく幅広い環境に適応している。深海は太古から環境が変わらなそうだから、深海の方が祖先的なものがいるのかな?と考えていたら、分子系統の結果はどうも逆らしく、浅海から深海に進化しながら分布を拡大したという。それは、白亜紀後期の温暖期に海洋が成層し、海底付近が無酸素状態になったことがあり、いったん深海性の貝類などは絶滅したことがあることが関係しているらしいとのことだった。なるほど、目から鱗。ネットで調べてみたら白亜紀OAE(Ocean Anoxic Event)というらしい。

タネとり

昨日は鬼怒川のフィールドに行き、地元の方・市の職員の方との打ち合わせをしてから皆でカワラノギクのタネとり。

いったんは絶滅するかと思われた鬼怒川のカワラノギクだが、外来植物(シナダレスズメガヤ)の抜き取り、残存していた個体から採取した種子の播種によって、数は回復しつつある。シードバンクをほとんど作らないカワラノギクは、いつもどこかで新しい種子が生産されていないと地域から絶滅してしまう。しかも、洪水後につくられる明るい礫河原が生育適地だから、ずっと同じ場所にとどまることもできない。こんな植物が存続してきたということは、洪水による裸地形成が、ほんとうに頻繁におきてきたのだろう。

昼に作業を終え、新幹線を乗り継いで松本へ。

2008年11月20日木曜日

印旛沼の水位低下実験

印旛沼の湖岸の一部で千葉県が行った実験のことが新聞記事になった.

http://www.47news.jp/CN/200811/CN2008111701000326.html

シードバンクのポテンシャルの高さは霞ヶ浦でも確認されたが,「湖内で」「水位低下によって」再生できたところに新しさがある.

印旛沼の現在の湖岸はほぼ全域が干拓堤なので,霞ヶ浦でおこなったような「堤防の湖側に盛土をして植生を再生する」という方法はあまり薦められない.湖を今まで以上に埋め立てることになるし,工法的にもいろいろと無理をしなければいけなくなるからだ.それよりも本質的なのは,水位と水質の条件を改善して現在の湖内に沈水植物帯を復活させることと,干拓してできた陸地を湿地生物の生息に適した環境に改善することだ.今回記事になった実験は,前者の実現に繋がるものである.
来年は後者に関係した実験もはじまる.

2008年11月18日火曜日

稲刈り後の水田雑草

今日は修士のIさんの調査を手伝って,田んぼの植物を見て歩いた.

稲刈りの後から本格的な冬に入るまで,水田ではたくさんの「雑草」をみることができる.今日の調査でも,多いところでは一枚の田んぼで40から50種が記録された.それらには,かつては氾濫原に生育していたと考えられる攪乱依存種が多く,現在では絶滅危惧種になっているものも多い.

ミズニラとイチョウウキゴケ

2008年11月11日火曜日

豊岡

一昨日までの3日間,豊岡市に出張した.来年度から新しく始める学生実習の下見と打ち合わせが目的である.

コウノトリの野生復帰で有名な豊岡だが,全国各地と同様に近年シカの増加が問題視されているという面もある.たしかに林床は「スッキリ」してしまっているところが多い.農業被害で,地元の方には本当に頭のいたいことだろう.一方,シカの恩恵を受ける植物もいるかもしれない.光をめぐる競争に強い大型の草本が食べられ,同時に土壌が踏み荒らされることで,攪乱依存性の植物のハビタットがつくられるという面もあるのではないか.

シカの個体数管理は必要なのかもしれないが,その場合でも,シカの生態系機能をよく把握した上でやらないと,思わぬ問題を引き起こすだろう.人間の利用のための植物の刈り取り・持ち出しが減少し,物理的な攪乱も減少しがちな里地・里山では,シカによる捕食や踏み付けがけっこう役に立っている場面もあるかも.

五大湖のモニタリング

分担執筆する本の原稿を提出した.
この執筆のために,湖沼の生態系評価指標について少しまとめて勉強した.

生態系の状態をモニタリングするための新しい指標やその妥当性の研究のほとんどは,北米五大湖をフィールドとして行われている.五大湖ではカナダとアメリカの政府により総合的なモニタリングが行われており,その成果は2年ごとに開かれるコンフェレンスとその1年後に発行されるレポートで公開される.レポートは http://www.epa.gov/solec/ から入手できる.これがとーっても充実していて,非常に読み応えがある.

2007年に発行されたレポートでは67の指標を使って湖の環境の現状が解説されている.その中には水質や周辺の開発の状態だけでなく,環境変化に敏感なカエルの個体群サイズの変化とか,侵略的外来植物であるエゾミソハギの動向など,多くの生物指標が含まれる.

沿岸の湿地をことのほか重視している点も,五大湖は先進的だ.アメリカ・カナダの2国にまたがる機関であるThe Great Lakes Commisionが公表した沿岸湿地のモニタリングプラン(http://www.glc.org/wetlands/final-report.html)では,多様な分類群の生物についての指標を,300ページ近い資料で解説している.すごい迫力.

内容のレベルの高さも行政の力の入れ方もたいしたものだが,特に感心するのは,研究と社会のリンクの強さである.五大湖のモニタリングは社会的要請によるものだが,その実施と連動して,指標の開発や妥当性の検討に関する研究が活発化し,Journal of the Great Lakes Researchをはじめとする学術雑誌に公表される.その研究成果はその後のモニタリングに速やかに反映されているようだ.

欧米の保全生物学の論文や研究批評の文章を読んでいると,「evidence based conservation」という表現によく出会う.保全に関する(行政の)意思決定について,科学的根拠を重視しているということだろう.これと対になるニュアンスでpolicy driven conservationという表現が使われているのも見たことがある.「このような研究成果に基づいて判断しました」という姿勢と,「このように決められていたからその通りにしました」という姿勢の違いみたいな感じか.生態系管理のように確実性が低いことを進めるとき,前者の方が理にかなっている.