2009年4月18日土曜日

鬼怒川でシナダレ駆除とタネまき

鬼怒川で「うじいえ自然に親しむ会」の方々、親しむ会の呼びかけで参加した市民の方々、国土交通省の方々といっしょに、シナダレスズメガヤの駆除とカワラノギクの播種をした。こちらからは私の実習に参加している大学院生11名を引き連れて。

年に何度か駆除作業をして密度を抑制し、あわせて多少の基質攪乱をすることで、なんとか生育環境を維持している。いまのところ、鬼怒川のカワラノギク個体群は、かなり「手作業による管理」に依存して命脈をつないでいる。

2009年4月14日火曜日

Seed Ecology

2010年に開かれるSeed Ecologyの第三回国際学会の案内が来た。
ウェブサイトが開設されたそうだ http://www.seedecology3.org/

3年に一度開かれているこの学会、ギリシャで開かれた第一回に参加したが、これまで参加した国内外の学会でダントツ一番に楽しかった。もちろんその名のとおり生態学の国際学会なのだが、参加者はみんな「タネ好き」。学会の案内もプログラムも会場の飾りつけも、もちろん発表内容も、細部までタネへの愛が貫かれていた感じ。新しいウェブページも全てのページにタネの写真が貼り付けられ、そこにポインタをおくとそのタネの植物写真がでてくるという凝りよう。

また行きたいなー。

2009年4月8日水曜日

シカ柵設置

4月6-8日研究室のI君Y君と、今年から新しいお仕事をはじめる豊岡に行ってきた。

放棄水田に防鹿・防猪柵を設置するためだ。シカはあちこちで増えて問題になっていて、管理も検討されている。そのときシカによる「被害」だけでなく、シカが現代の生態系の中で果たしている役割をちゃんと評価しておかないと、偏った議論になる。

ここのフィールドでは、シカがヨシみたいな大型植物を採餌したり、土壌攪乱をしたりすることによって、攪乱依存生物のハビタットを作っているという仮説を検証する。

シカのことを考えるといつもヒシ・オニビシを思い出す。どちらも在来生物で、それを利用する文化も存在する(消えかかっているけれども)。でも最近の人間活動の変化によって増加し、邪魔者扱いされることが多い。このような生き物の生態系の中での役割を知っておきたい、と思う。

柵の設置はとんでもない重労働だった。地元の方(一日中手伝ってくれた方も!)、豊岡市役所の方のお手伝い、初日の業者さんによる指導がなかったら3日間で5基の設置は不可能だった。

今後の目安として:作業をよく把握した3人がフル回転で作業をして5×5mの防鹿・防猪柵を設置するのに3時間。
ハリガネの緊張の仕方、湿地での杭の打ち方、etc. また一つ土木建築スキルが向上した。

2009年3月31日火曜日

実験野焼き成功

5m四方の範囲を合計8箇所、首尾よく焼けた。大成功である。


2009年3月29日日曜日

草薙の剣

27日金曜日は浮島湿原での野焼き準備で、プロット設置の続きと防火帯作成を行った。
ここでの研究をすすめてくれるW君が草刈機の使い方を覚えてくれて、とても心強い。

植生管理をするためには火を扱う技術が重要で、火を扱うためには草刈の技術が不可欠だ。適切な場所で草を刈って防火帯としたり、燃料となる枯れ草の量を刈り取りによって制御して火を入れることで、目的とした強さ・範囲の火入れが可能になる。「火の使い方」は保全生態学の技法としてもとても重要。W君は実践的保全生態学者として頼もしい一歩を踏み出した。

肩掛け式の草刈機は使い慣れると本当に便利でありがたい。「草薙の剣」と呼びたくなる。

・・・ヤマトタケルが草薙の剣で野火を難を逃れた神話は、畑あるいは水田管理のために火を積極的に活用し始めたことを表した神話なのではないか、と思っている。草薙の剣はもともとはスサノオがヤマタノオロチを退治して獲得したものとされている。オロチ退治は、八筋に澪を分けながら暴れる川を制御(退治)して、水田を開拓した(奇稲田姫を手に入れた)物語であるという解釈がされている。「東征」に向かったヤマトタケルがかつて(遠い祖先神が)オロチ退治で得た剣を使って「草薙」をした話は、大陸から西日本に伝えられ水田開墾技術が、東国の土着の文化である「火の使用」を取り入れながら、より高度な農業技術として展開した物語なのではないか。。。そう考えるととても面白い。

・・・それはともかく、今回の実験準備で、現代社会で野外で火を使うということがいかに大変かがよくわかった。連絡・通知した先は、土地所有者、市役所、消防署、駐在所、区長さんなど合計9件になる。

実はこの日記を書いているのは作業の2日後。金曜日は過労で寝込んでしまった。明日は防火帯作成の続きを終わらせ、明後日に火入れ予定。