2009年1月14日水曜日

保全生物学の講義

非常勤講師をしている早稲田大の講義が今日終わった。

毎回授業の感想や質問を書いてもらっているが、今日は多くの学生さんから感謝の言葉をいただいて、素直に嬉しかった。特に「生物を守ることは人間の生活を犠牲にすることだと思っていたが、今はむしろ逆だと思うようになった」という感想が嬉しかった。一番伝えたかったことが伝わったかな。

これから2010年の生物多様性条約締約国会議(名古屋)に向けて、新聞やニュースでも「生物多様性」の話題が増えるだろう。そうなってくると「生物多様性問題のウソ」「実は深刻な問題ではない」というような言説も出てくるに違いない。地球温暖化だってそうなっているし。いろいろな説が飛び交うとき、発言者の「肩書き」などに惑わされず、科学的根拠のある説明かどうか、根拠が不十分ながらも論理的に妥当な主張かどうか、冷静に見極める目が必要だ。

受講者20名足らずのささやかな講義だったが、そのような目を養う助けになっていれば幸いに思う。

2009年1月2日金曜日

「イネの歴史」読了


イネの歴史を体系的に知ろうと思ってこの本を読んだのだが、その目的は充たされなかった。そもそもイネの歴史には不明なところが多く、起源から現在まで一筋の流れとして説明できる段階ではないのかもしれない。この本も、多くの新しい知見や著者の推測がちりばめられており、飽きずに読めたのだが、タイトルから期待した「イネの歴史を理解」は達成した気持ちになれなかった。これは著者の責任ではなく、この分野の現状なのかもしれない。

私には植物としてのイネの歴史の話題より、稲作の歴史について言及している部分の方が面白かった。

「私の勝手な想像を書くなら、日本列島では弥生以降も、稲作中心の中央集権国家を作ろうとする勢力と、農耕といえども、たとえば休耕を伴う焼畑のような移動を織り込んだ生業を守ろうとする勢力の間の相克が続いていた。この相克はヤマトに王権ができた4,5世紀ころに始まり、400年ほど前(近世初頭)まで続いた。相克の「後遺症」はその後も残り、さまざまな形での社会的差別として今に及んでいることは多くの識者が指摘している通りである。」(p.179)

「足跡をともなう「水田遺構」の中には、あまりに多い足跡のためイネがどこに植えられていたのかと疑われるものもある。・・・それらはイネを植えていた水田の跡なのか、それとも「かつてイネが植えられていたことがあったが、廃絶の瞬間は休耕されるか別の用途に使われており、足跡は、たとえば魚や他の動物を捕まえるときについて」など、田植えとは関係の無い生産活動(あるいは祭祀とか遊びのような非生産的活動だったかも知れない)の結果と解することもできる。」(p.184)

読んでいて感じたのは、失礼ながら、文章や構成が洗練されていないことだ。「話が横道に逸れたが・・・」といった表現が何度も出てくる。また、
「日本列島における稲作の画期は二つあったと私は考える。ひとつは先にもちょっと書いた中世から近世への転換点でおきたこと、もう一つは縄文時代の最晩期から弥生時代に渡来したであろう水田耕作という技術の渡来である。このうちのどちらが大きいかといわれれば、前者のほう(中世から近世への転換)のほうが大きいと思う。」(p.180)
のように文章の中で同じ語が重複して出てきたりしている。内容が面白いのに、読みにくい。

しかし、この分野の最新でスタンダード(と思う・引用文献などからして)な知識が片手サイズの本で読めるのはお得感がある。

2009年1月1日木曜日

2008年を振り返って:研究

昨年は自分で進める新しい研究は小ネタだけで、主に論文執筆と学生の研究サポートが中心だった。

論文としては、10年近く保全の研究と実践に関わってきたカッコソウとアサザについての論文を一通り出版することができた(いくつかは印刷中)。またアサザについてはこれまでの研究と実践をまとめた英語の解説論文も投稿中である。ここまで研究と論文執筆が進んだのは、並外れた熱意をもってこれらの植物の研究と保全の実践に取り組んでくれた卒業生の方々のおかげである。特にカッコソウのOさん、アサザのUさんTさんは、すぐには論文につながらないような実践活動でも献身的に進めてくれた。後輩・学生ながら、保全生態学者として尊敬している。

アサザもカッコソウも、個体群はまだ安心できる状態では全く無く、今後もモニタリングと保全の実践が続くが、これまでに明らかになったことが一通り印刷物になったので研究者としては気持ちよく仕事ができる。

もう一つ、研究面で昨年進んだことは、自分が委員になって進めている印旛沼の植生再生の実験・実践の成果を、実際に調査をしたコンサルの方を第一著者とした論文にすることができた(正確には論文はまだ投稿していないので「できつつある」)ことである。

行政主催の委員会で研究者が調査や実践の計画を提案し、コンサルが実施し、報告書にまとめられる、ということは数多く行われている。しかし、研究者の肩書きをもつ人間が提案して結果を解釈しているからといって、それが適切であるという保障はまったくない。はっきり言って、世間には問題のある事例はたくさんある。事業の成否を判断できない調査デザインだったり、アセスやモニタリングで明らかに問題のある結果が得られているのに「顕著な問題は認められない」といった結論が明確な根拠もしめされずに導かれていたり。何か、事業や委員会の質を保つ仕組みが必要である。私も行政主催の委員会に入っている立場で何ができるか考えた結果が、事業の途中段階でなるべく多くの論文を書き、peer reviewの仕組みによって質を維持するというものである。

また別の問題として、コンサルの質の問題というのもある。昨今の「随意契約」に対する条件反射的ともいえる素朴な批判にも現れているように、行政による業者発注では「受注金額」ばかりが注目され、業者の質が十分であったかについての評価が適切に行われているとはいえない。私も以前の職場で業者選定の仕組みに触れたことがあるが、少なくとも、生態学的な調査の能力や取り纏め能力を評価して選べる仕組みは無かった。しかし、これはぜったいに必要である。その評価基準の候補として、過去に関わった事業で公表した査読付論文の内容や数、というものが考えられる。近い将来は、「関連した内容の業務についての論文業績」が業者選定の根拠として認められるようになるかもしれない。私はそのようになったら良いと考えている。

そこで私は、コンサルの方を著者とする論文を出版できるように、委員の仕事の一部として、本業以外の時間を使ってなるべくサポートすることにした。これを実現するには、十分な質のデータをとってもらわなければならないのは当然だが、それだけではなく、発注者である行政にも理解が必要である。このことは、最近数年間考えていたが、昨年はその最初の試みがほぼ実現したということで新しい年だった。

2008年12月15日月曜日

しごと

修士論文の手助け、学生さんの新しい実験のスタートアップ、今週の授業の準備、編集を担当している論文のハンドリング、月末締切の本の原稿執筆、卒業生の論文の修正と再投稿、共同研究の分担作業、自分の論文の執筆。いま目の前にある仕事の優先順位はこんな感じ。最後の二つを除いて今週中になんとか目処を立てたいのだが、時間が足りないなぁ。

忙しくないといえば嘘になるけれど、でも、今の立場は恵まれていると思う。組織運営のための「雑用」はとっても少ないし、授業や実習も日本の一般の大学教員に比べて少ない。うちの大学は学生に対して教員が多いし、教員をバックアップする体制も、充実している方なのだろう。別の大学で働いている友人と比べても、自分の裁量で仕事を決められる範囲が大きいと思う。

贅沢な悩みをいえば、今の立場が身の丈にあっていないように感じることか。
ちょっと大きな殻に入ってしまったヤドカリのような気持ち。

2008年12月9日火曜日

12月のフィールド

先週の月曜日は霞ヶ浦の浮島湿原に行き、屋根材のための萱を収穫する地元の方たちとの打ち合わせをした。
浮島ではヨシではなくカモノハシやチゴザサが萱として刈り取られる。これらの植物は「シマガヤ」と呼ばれ、ヨシやススキよりもずっと高級なのだそうだ。実際に文化財に指定されている古民家や神社の屋根などに使われている。

浮島湿原の中でも「シマガヤ」は局在して分布している。地元の方々によると、昔はもっと広い範囲に生えていたのが、最近ではずっと少なくなってしまったそうだ。地元の方は、「シマガヤ」減少の原因は、霞ヶ浦の水位が高くなったことと、野焼きを中止したことにあると考えている。また水位が高いと刈った萱が濡れてしまうので、とても作業がやりにくいとのこと。

霞ヶ浦の水位は、今年も「実験」として冬場に高く維持されている。これが植生帯の侵食や植生の種多様性の低下を招いている可能性がある。冬場に高められた水位は、水の需要が高まる4・5月ごろには下げてしまうのだから、この高い水位は利水のために「本当に必要で」上げているわけではなく、不合理なものに思える。とはいえ、水位を直接管理している行政に一面的な責任があるものではない。利水権者の判断が、現実の問題に対応したものになっていないことに問題の根幹があるようだ。計画をたてた時点では認識されていなかった問題がわかってきたのだから、柔軟に方針を変える方が、広く受け入れられる判断だと思うのだが。

この日は、来年度から浮島湿原で研究をする予定のW君といっしょに行き、挨拶をさせてもらった。「シマガヤ」が分布している場所は植物の多様性が極端に高い。その理由として、刈り取りや野焼きなどの管理の重要性を示す研究を計画している。水位の上昇管理や野焼きの中止の背景には「研究者」「生物学者」の姿がみえるから、地元の方からは最初は不信感をもたれていたようにも感じたが、丁寧に説明をしたところシマガヤの生育に必要な条件を明らかにする研究でもあることを理解していただき、今後の協力を約束してもらえた。研究開始までにはまだいくつかの機関・主体と相談する必要があるが、まずは地元の了承が得られて一安心。

土曜日は久々の山行で群馬へ。その山にしかない絶滅危惧植物があり、私はその保全のための研究と実践をはじめて12年になる。まだまだ困難は多いが、地元の強力な協力者のおかげで、前年までの教訓を活かして、毎年少しずつ進んだ活動をしているので楽しさがある。ただ現実は厳しい。林道の工事がひたひたと接近している。林業の振興を制限している要因は林道の不足ではないはずなのに。

水位改変と林道工事。「自然再生」が謳われる21世紀になっても、20世紀にたてられた計画で、自然の喪失が進んでいる。