1)幅広い治水対策案の具体的提案
「自然と共生する総合的治水対策」
治水・利水・環境に総合的に寄与する新しい治水対策案として「氾濫原湿地の再生」を挙げたい。河川や湖沼周辺の氾濫原湿地は、一時的な貯留による下流への流量低減機能(治水効果)、湿地生態系による水質浄化機能(利水効果)、多くの絶滅危惧種を含む氾濫原依存種のハビタット維持機能(生物多様性保全効果)、さらにレクリエーション効果や教育・学習効果をあわせもつ。氾濫原湿地は、農地や宅地の確保を重視する社会情勢を背景として全国の河川・湖沼から急速に失われたが、人口減少がはじまるとともに集約的土地利用技術が進んだ現代であれば、その再生の機は熟しているものと考えられる。
氾濫原再生は、多くが農地・宅地に利用されている堤内地だけでなく、堤外地でも効果的である。近年では、堤外地に自然的立地が残されている場所でも、水位や冠水頻度の低下により乾燥化・安定化し、侵略的外来生物が優占するようになり、生物多様性が急速に低下している(たとえば渡良瀬遊水地の乾燥化や鬼怒川中流域における河岸の高水敷化)。そのような場所では、地盤の掘り下げなどによる氾濫原再生が、治水・利水・環境を鼎立させる効果をもつ。
今後に予測されている気候変動に鑑みると、ダムや堤防で溢水を完全に防ぐのは莫大なコストをかけても困難であると思われる。その費用を(一部でも)湿地再生事業・農地補償・移転補償に充てれば、治水・利水・環境のすべてに寄与するwin-win事業が可能になるだろう。
2)新たな評価軸の具体的提案について
「科学的なコスト―ベネフィット評価に向けて」
これからの河川事業は、治水・利水・環境のいずれかに特化するのではなく、すべてを視野に入れた総合的なものとすべきである。そのためには、ある管理施策が治水・利水・環境のそれぞれにもたらす経済的、社会的、ならびに環境上のメリットとコストを、事前に科学的に予測し、広く利害関係者に公開し、合意形成に基づいて決定し、順応的に進める必要がある。そのための評価軸は複数必要であり、実践を通してその有効性を科学的に検証し、高度化させる必要がある。短期的には効果があっても長期的にはマイナスになる場合もあるため、評価の時間スケールも重要である。
生物多様性や生態系への効果の評価は、治水(被害軽減効果など)や利水(水量・水質など)と比べて不確実性が高い。しかし、近年では生物群集の評価指標、指標種の科学的選定手法とその個体群評価指標、生態系機能に関する指標の開発研究が進み、されに、それらのモニタリング技術の高度化研究も急速に進んでおり、河川管理の現場での活用が可能となっている。