2009年10月19日月曜日

印旛沼10月


オニビシ調査・種子採集で印旛沼(一本松)へ。
現場に着くと湖岸に枯れたオニビシが累々と堆積していて驚いた。
おそらく、ちょうど枯れかかっていたオニビシが先日の台風で湖岸に打ち上げられたのだろう。厚さは6,70cm、幅20mぐらいで帯状に堆積していた。とんでもない量である。

しかし、台風で打ち上げられなかったらこれがぜんぶ湖の中に沈んでいたと思うと、改めて水草の枯死体による有機物供給量の多さを感じた。

この場所では枯死した水草がヨシ帯に打ちあげられ、分解されていたいが、もしコンクリートの垂直護岸だったら、これらは湖の中に堆積していただろう。護岸の形状は湖から陸への波による物質移動に影響するということに気付いた。

2009年10月14日水曜日

最近・・・

豊岡、三方湖、北海道、鬼怒川と調査や作業が続いて、早稲田の授業もはじまり、あまりに忙しくて書きたいことがあっても書けない。備忘のために一言だけ書いておこう。この間、最も印象に残ったのは日高のフイハップ海岸の改変である。数年前までいろいろな海浜植物、湿地植物がみられた砂丘と後背湿地が、護岸工事や砂の採取のため、見るも無残に破壊されつつある。ほんとうにつらい景色だった。

2009年9月22日火曜日

9月の渡良瀬

9月21日は今年度SPP(サイエンス・パートナーシップ・。。何だっけ?)の連携をしている小山西高校の観察会、20日はその下見で渡良瀬遊水地へ。

オオブタクサとアレチウリの繁茂がとにかく顕著で、観察会でもそれに触れないわけにはいかない。下見に同行した妻によると、妻が通っていた5~10年前と比べて随分増えているとのこと。冠水の減少なども影響しているのかもしれない。渡良瀬遊水地での湿地再生は、外来種対策をよほど重視しないと、単なる治水事業になってしまうだろう。

国交省がやっている試験掘削地も覗かせてもらった。
カンエンガヤツリ、タコノアシ、アオヒメタデ、サワトウガラシ、ミズワラビ、ウスゲチョウジタデといった攪乱依存種が多くみられたのは狙い通りというところか。

ただ全体に乾燥しやすい地形に造成されてしまっているので、セイタカアワダチソウの密度がとても高い。春のうちに周囲に掘ってしまった水路の出口に土嚢を積むなどして水位を上げておけば随分改善されたと思うが、ここまで放置してしまうと回復はだいぶ難しいだろう。


ワタラセツリフネソウを今回はじめて認識。ニホンミツバチが盛んに訪花していたが、ちょっと花が大きすぎるようで、葯には十分には触れていないようだった。やはりマルハナバチの花か。

2009年9月19日土曜日

モニ1000調査

18日は環境省のモニタリングサイト1000の調査のため霞ヶ浦へ。
里地里山、森林、海岸、湿地などの生態系タイプごとに多数の場所で継続的に生物調査を行うものだが、湖沼については今年が一年目である。調査内容が確定する前に調査地を決めるように通達があったりして、おそらく事務局も大変だったのだろう。今年は試行的な年で、実際にやってみた上で調査マニュアルを改善するという位置づけだそうである。

抽水植物帯での調査内容は、主にヨシの調査になっており、単位面積当たりの本数やサイズを測定する。ヨシ以外の植物についてはコドラート内の出現種を記録する程度で、あまり重視されていない。温暖化影響の把握あたりが想定されているのだろうか。沈水植物・浮葉植物の調査は、もう少し生物多様性の評価に直結する内容になっている。全国統一の方法で、ボランティアに近い体制で、長期的に行うということから、おそらく苦労の末に考えられた内容なのだと思う。

このような調査はとても価値があると思う。「昔は普通だったけど、いつの間にか無くなっていた」生き物や風景を、データに基づいて指摘することができる。これからもできるだけの協力はしていきたい。まずはデータの整理がおわったら、熱のあるうちに調査マニュアルの改善提案を整理したいと思う。

2009年9月14日月曜日

日帰りで一関へ

今日は急を要する作業のため、日帰りで一関へ。一日肉体労働で明日の筋肉痛は必至。

そういえば、先週の一関調査でみたこのムシ、何だろう。



サナギだと思ったら歩いた。何かの幼虫かな?想像もつかない。ご存知の方、教えてください。

2009年9月11日金曜日

3日連続の霞ヶ浦通い

9月9-11日は3日連続で霞ヶ浦(浮島)に通い、植生調査、実生の生存率調査、バイオマス測定のためのサンプリングを終了。8月末からのフィールドの連続で、さすがに疲れてきた。学生の頃はどんなに疲れても一晩寝れば回復していたが、最近ダメだなぁ。今月38歳になるのでこれが普通なのかもしれないが。

2009年9月8日火曜日

ソロモンの歌

トニ・モリスン(金田眞澄訳)「ソロモンの歌」読了。

今年読んだ小説で間違いなく一番面白かった。
いろいろな読み方ができる小説だが、ぼくは、閉塞感のある時代や社会に対する3通りの対応を描いた小説として読んだ。3通りの方法の一つは「荒れる」、2つ目は「空に飛んで逃げる」、3つ目は「一度も地上を離れずに飛ぶ」である。3番目の方法はもっとも幸せそうだが、それを実現している人物(パイロット)は、臍をもたない、超人的に人間とした描かれている。結局、荒れるか・逃げるか、になってしまうということか。パイロットについての記述がもっと欲しかったが、その思わせぶりなところが小説の魅力になっている。この著者の作品は初めて読んだが、他の小説も読んでみたい。

2009年9月4日金曜日

9月の一関

9月3-4日は「久保川イーハトーブ自然再生事業」が進められている一関へ。5月に植生調査を行ったサイトで、研究室OBのO君と秋の植生調査を行った。第二次生物多様性国家戦略以前はほとんど注目されなかった「里山の自然」は、ここ数年では新聞などでも頻繁に取り上げられるになっている。私がみたことのある場所の中で、もっともすばらしい「里山の自然」が残されているのは、この一関である。

今回はちょうど畦にアケボノソウが咲く季節。

初めて見た植物(O君に教えてもらった)ツガルフジ


農業のための畦草刈りやため池管理が生み出した環境と、それをうまく利用して生育する生物。ほんの30-40年前は日本中で普通だったのだろうこの景色が、残っている場所は本当に限られている。


連日のフィールドワークに悲鳴を上げるように、長靴に二箇所も穴が開いた。今回のは寿命6ヶ月だった。

2009年9月2日水曜日

9月の浮島調査開始

大学院生のW君と浮島湿原で光の測定。
測定に適した「陰」の天気で、まま順調に作業終了。9月に予定してる調査は項目が多いので、植物のフェノロジー、気象条件などを考えて能率よく進める必要がある。フィールドワークで良いデータをとるには「段取り力」が不可欠だが、W君は確実にそれを身につけてきていて、本当に頼もしい。

2009年9月1日火曜日

8月の三方湖

今年から新しいフィールドとして通い始めた三方湖。
7月30-8月1日はヒシの個体群調査に行ってきた。今年は昨年ほどではないがヒシは多めとのこと。
ヒシの増減に影響する主要な要因を明らかにし、動態予測モデルをつくることが目標。在来種ながら、ときに厄介者扱いもされるヒシとうまく折り合いをつける助けになればと考えている。

今回の調査タイミングでは、花が少し残り、まだ成熟種子はほとんどない状態だった。種子採取にはもう一度訪問が必要そうだ。一度「種子から育てる」経験をするといろいろなことがわかる。この後の過密スケジュールを考えると、良いタイミングで行けるかが若干不安だが、現地の方と相談しながら進めたいと思う。

2009年8月28日金曜日

学力調査の記事

朝日新聞の一面に「応用問題が苦手 変わらず」という記事が出ていた。「この記事おかしい」妻が言うので読んでみると、たしかにヘンだ。

国語や算数で、知識を問う「A問題」と知識を応用する力をみる「B問題」を出したところ、たいていA問題の平均点が低かった。だから応用問題が「苦手」という主張である。応用力に力点をおいた授業を進めてきたはずなのに効果が出ていない、とも述べている。

Aが基礎知識、Bがその基礎知識の応用、なのだから、AよりもBの成績が悪くて当たり前じゃないでしょうか。知識がないのに応用ができたらヘンじゃないのかな?授業の改善効果をみたいのだったら得点の絶対値の比較ではなくて、B/Aみたいな指標の変化をみた方がいいんでない?

目的が不明瞭な調査の結果から無理に何かを言おうとして、おかしな解釈をしてしまったのだろうか。

2009年8月27日木曜日

8月の豊岡

8月24-26日は豊岡へ。
調査地にしている放棄水田には、春先にはコウノトリが頻繁に来ていたがこの季節はあまり来ないようだ。やはりオタマジャクシが目当てだったのかな。

夜はシカのライトセンサスを初めて経験した。あまりの密度に驚愕。同行してくださったM先生の感触では、1km^2に100頭強はいるだろうとのこと。M先生と話ができたおかがで、いろいろと新しい研究のアイディアを得て、とても有益な調査だった。

とはいえ、豊岡での仕事は当面は研究よりも教育(学生実習)が第一目的。一ヵ月後の本番に向けて準備を進めなくては。

2009年8月16日日曜日

仕事のBGM

ジャズが好きなので、仕事をしているときも休んでいるときも、いろいろと聴きます。

仕事をしながら聴くのは、演奏者が楽しそうにしているものでなければいけません。いくらメロディーが美しくても、苦しそうな声をあげながら演奏するキース・ジャレットや、重いメッセージを込めて吹くジョン・コルトレーンは向いていません。私にとって、仕事を後押ししてくれるジャズミュージシャンの代表は、オスカー・ピーターソンとミシェル・ペトルチアーニです。

いま嵌まっているのはこれ。


最初のトラックに入っているMedley of My Favorite Songsを聴きながらだと、日本語の文章書きやデータ解析は滑らかに進むような気がする。

ただし英語の論文を「書く」ときはジャズはあまり聴きません。調子に乗りすぎて、独りよがりな文章になるからです。論文書きのときに聴くのはバッハが一番。整然として緻密な感じが、論文書きにぴったりだと思います。

2009年8月5日水曜日

上海(おまけ)

「食べ物の提供」はもっとも基本的な生態系サービスの一つである。今回訪問した太湖周辺の湿地帯では、地域でとれる色々な生き物を食べるという文化がしっかりと残されていた。ほんとうに多様な湿地性の動植物を食べ物として利用している。つとめて地元らしいものが食べられるところで昼食や夕食をとったが、植物ではヒシ(トウビシ)、ハス、マコモ、オニバス。動物はもっと多様だ。魚類学者の鹿野さん、中島さんが教えてくれたので、いかに様々な魚を食べているかがわかった。オオタナゴ、ギバチ、ワタカ、ギギ、ドンコ、タウナギ、シラウオ、フナ、コイ、ナマズ、コクレン、、、魚以外ではウシガエル、テナガエビ、モクズガニ、カモ。これらは、どれもこの地域の田んぼの水路や小さな川に生息している生き物たちである。


日本の水郷地帯でも、かつては様々な湿地の動植物が食卓にのぼっていたのだろう。いろいろな生物を直接利用していれば、自然の変化を、もっと多くの人が敏感に感じることができたかもしれない。食べ物が流通の範囲が広がり輸入も増えるのと同時に、人々の地域の自然への関心が薄れ、水田はイネ以外の生物の生息を許さない環境に改変され水質の悪化や水辺の開発で野生の動植物が急速に失われるのと同時に、地域の生物を食べたくても捕ることができなくなってしまった。

「豊穣」という言葉は、低地の湿地がもつ本来の特徴を現すのにぴったりだと思う。過剰になり過ぎない栄養塩が細粒土砂とともに洪水によって運ばれ、堆積し、高い一次生産によって多様な生物が支えられ、かならずしも透明ではない水から、様々な生き物が湧くようにとれる。

治水、利水、圃場整備といった、自然の特定の機能だけに注目した管理によって、多くの生物が絶滅し、人間も豊かな恵みを享受することができなくなった。豊穣の氾濫原を再生させることが、これからの日本でどうしたらできるだろうか。

2009年8月4日火曜日

上海2日目(8/3)

二日目の行き先は太湖と長江の間に無数にある大小さまざまな湖沼、それらをつなぐクリーク、水田といった、湿地帯である。

日本で過去30年間に起こった環境の変化が、この地域では5年間くらいの間に生じつつあるように感じた。日本がたどった湿地の生物の喪失の道を、おそらくそれよりも早く走ってきているという印象だ。まだ日本ほどは喪失が進んでおらず、この一日だけでも、クロモ、イバラモ、フサモ(or ホザキノフサモ)、コウガイモ、マツモ、ササバモ、シャジクモ、イトイバラモ(or オオトリゲモ or トリゲモ)といった沈水植物を湖の中でみることができた。しかし、アオコが発生している湖も多く、いくつかの湖では、沈水の切れ藻や、サンショウモやオオアカウキクサといった日本では絶滅危惧になっている浮遊植物とアオコが岸辺に吹き寄せられている光景がみられた。水草優占の湖から植物プランクトン優占の湖へのレジームシフトが生じつつあるところということだろう。霞ヶ浦では1970年代後半から80年代初頭にかけて、このような状態だったのではないだろうか。


湖岸はコンクリート化されてはいるが、霞ヶ浦などとは異なり、高い堤防は築かれていない。李先生によると治水上の問題はそれほど無いとのこと。では何のために護岸しているのだろう。洪水の心配はなくても、道路などの人工物を近くに作ってしまった関係で、侵食は防止したいのかもしれない。また、このようにコンクリート化して、その陸側に遊歩道を設けるようなデザインが「近代的」ととらえられているのかもしれない。

いま日本のいくつかの湖沼では、過去の開発で失われてしまった植生を再生させるために大きなコストが投入され始めている。これは必要な努力だが、この地域では、なんとか劣化を食い止め、保全することが緊急課題だと思った。すでにいくつかの湖では手遅れ(カタストロフを起こしている)かもしれない。しかし、幸いにしてまだ一年生の沈水植物もそれなりに見られる場所もある。ホットスポットを抽出し、保全を進めることが何にもまして重要だと思った。

しかし、ほとんどの湖で湖岸がコンクリートの直立護岸になっている。保護区として重視している場所も、沈水植物を残す努力はされているが、抽水植物帯が失われていることには注意が払われていないようだ。生物多様性の視点が、まだ十分ではないのかもしれない。ご案内をしてくださった李先生と、エコトーンの重要性と、この地域で再生させる手法について議論した。


今回の旅で、湖とともに楽しみにしていたのは、田んぼを見ることである。日本の低地水田稲作のルーツであるこの地域では、田んぼや水路にどんな「雑草」が生えているのだろうか。圃場整備や農業の近代化で日本からは失われてしまった植物が、この地ではまだ残っているのだろうか。それとも農薬の使用は盛んなようだから、もう失われてしまっているのだろうか。

答えは、除草剤が使われている田んぼは水田の水路も含めて見事に雑草が無いのに対し、そうでない田んぼには日本では絶滅危惧になっている「雑草」がたくさん生えていた。除草剤の散布は、畦の草が黄色くなっているかどうかで判断できる。畦草が緑の、おそらく除草剤がほとんど使われていない田んぼは、全体としては稀だった。しかし、そのような田んぼでは、サンショウモ、ミズオオバコ、ミズマツバ、キカシグサ、シャジクモ、ミズワラビ、コナギといった植物がイネと混生し、水路にも2m間隔くらいで大きなミズオオバコがみられ、クロモやマツモなどの沈水植物もみられた。このような田んぼは、米を生産できる一方で、氾濫原の生物にとっての生育場所ともなっている。耕作のしかた次第では水田は自然破壊ではなく、氾濫原の生物保全になるとは言われているが、本当にそうなのだということが実感できた。たまたま見つけた「雑草豊かな」田んぼでは、草取りをまめにやっているのか、これらのイネ以外の植物がみられるのは主に畦の際に限られていて、イネが抑圧されているようには見えなかった。

2009年8月3日月曜日

上海1日目(8/2)

関東平野で氾濫原の自然を再生させることを目標に仕事をしている私にとって、日本の低地水田稲作文化のルーツといわれる長江下流域は、もっとも生きたい外国の一つだった。上海行きは二度目だが、前回の訪問は12月で、しかもセミナー参加が主目的だったので、8月に長靴と胴長を持参してフィールドワークに参加する今回の旅行は、実質的に最初の「自然観察」の経験となった。

長江の巨大な氾濫原にある太湖とその周辺の河川や湖沼群が今回のフィールドである。ただし私は九大工学部の島谷教授の研究チームの10日間の調査の最後の3日間だけ参加する形だったので、見ることができたのは、ごく一部だった。しかし、長江河口にある崇明島を訪問一日目、淀山湖をはじめとする長江周辺低地の湖沼群を二日目に見ることができた。この二日間の経験は、氾濫原の自然の理解を深めるのに大いに役立った。

崇明島は長江の河口デルタに発達した中州で、長さ約80km幅約25kmもあり、世界最大の砂洲ともいわれているそうだ。65万人が住む都市であり、それと知らなければそこが島だとは感じられない。島の上流端と下流端に湿地が発達している。上流側の湿地は淡水性、下流側は大部分が塩性湿地だそうだ。この下流側の塩性湿地はラムサール条約登録湿地になっており、クロツラヘラサギをはじめとする多くの鳥の生息場所となっている。

鳥について知識の無い私は、しかし、別の見たい生物があった、Spartina anglicaである。7年前に北京での外来種についての国際シンポジウムに参加した際、中国の複数の研究者がこの植物の侵略性について説明していた。その後、特定外来種法ができた際、まだ日本への侵入が確認されていない唯一の対象種として、この植物が登録された。まだ確認されていなくても、近隣の中国で猛威を振るっていることから、侵入のリスクも、侵入後のハザードの大きいことから対象に選定されたのである。




湿地は長江下流側にあたる東に頂点をもつ二等辺三角形のような形をしており、その北側と南側では環境が異なる。北側は塩性湿地、南側はほぼ淡水性の湿地だそうだ。これは、この島によって長江が2つに分留されており、南側の長江は川幅が広く上流からまっすぐに流れ出てきているために、淡水の押し出しが強いのに対し、北側の長江は細く湾曲した形をしているために、淡水の押し出しが弱く、海水の影響がより強く及ぶためだそうである。

私達がみることができたのは二等辺三角形の中央部、しかも最も陸側の部分だけだったので、Spartinaが特に猛威を振るっているという塩性湿地をみることはできなかった。また、塩生植物が優占する開けた湿地もみることはできなかった。しかし、見渡すかぎりのヨシ原に入り込んだ水路の水際に、見慣れない細い植物が密生している。果たして、Spartina angrlicaであった。淡水域ではヨシが十分によい成長を示すためにこの外来種が優占するのは局所的になるが、ヨシの勢力が弱まる汽水域では、相対的にSpartina有利となるのかもしれない。日本への持込み第一号にならないように、気をつけて長靴を洗い、現地をあとにした。

崇明島には農業用の水路や運河として利用されるクリークが巡らされている。何箇所かに入ってみてみたが、水中にはマツモやトチカガミがみられるものの、水辺はほとんどの場所でナガエツルノゲイトウの群落が認められた。南米原産の外来種であるこの種は、今回の上海調査を通じて、至るところで目にした。日本では印旛沼などの湖沼で大繁殖し、かなりのコストをかけた駆除が行われている。流れの緩やかな富栄養な水の水辺が生育適地らしい。

そのナガエツルノゲイトウが繁茂する「水田」がいくつもみられた。イネは20m四方ほどの水田の中央5m四方ほどの範囲に生えているのみで、その周辺はナガエツルノゲイトウが単独で優占している。最初は、ナガエの侵入でイネが負けてしまったのかとも思ったが、どうも様子がおかしい。イネが生えている中央部には、ほとんどナガエが混入していないのである。どうも田んぼの中でナガエを積極的に生やしているように見える。




熱心に田んぼの写真をとっている私たちを不審に思った農家のおじさんが通りにでてきたので、同行してくれた同済大学のリャンリャン君に、ナガエツルノゲイトウを育てているのかどうか聞いてみた。その答えを聞いて驚いた。カニのエサだというのだ。えっ!と思って田んぼをみてみると、確かに畦をモクズガニ(チュウゴクモクズガニというそうだ)がカサカサと歩き回っており、畦の上にはカニの脱出を防ぐような柵が巡らされている。切っても切っても再生してくるナガエツルノゲイトウは、草食性のカニには格好のエサになるのかもしれない。直接は食べないとしても、隠れ家としては適しているだろう。カニ養殖のために導入したのだろうか。

どうして田んぼ全部をカニ養殖に使わずに、真ん中で米をつくっているのだろう。島谷先生によると、土地の登記(?)上は稲作用地とされていて、勝手にカニ養殖はできない。特に最近は水質汚染のもとになることでカニ養殖は対する規制は強まっている(太湖では2008年から今年にかけて、カニ養殖が1/5に減らされたとのこと)。どうやら、私達がみたナガエツルノゲイトウを使ったカニ養殖は、「もぐり」の類らしい。

崇明島への往復は大型のフェリーで、片道約1時間半の旅だった。雨だったせいもあるかもしれないが、長江は茶色く濁り、波立ち、対岸は見えず、私が知っているどの川の様子とも違っていた。司馬遼太郎の街道を行く「中国・江南の道」でその描写が印象的だった、波間を跳ね回るような「ジャンク船」を見ることができなかったのが残念だが(もう絶滅したのかな?)。カニの水田漁労をはじめ、刺激的な第一日目だった。

2009年7月23日木曜日

蕪栗沼遊水地

今日は宮城県の蕪栗沼へ。土浦でレンタカーを借り、石岡で草刈り機を積み込み、常磐道・東北道を走ること5時間で到着。昨日までの名古屋はとても蒸し暑かったので、ひんやりした空気がとても清清しく感じられる。

蕪栗沼周辺は、冬季湛水をはじめとした生物に配慮した稲作農法が成果をあげ、世界で初めて水田を含めた湿地がラムサール湿地に登録されたことで有名な地域である。今回はじめて訪問したが、今日は現地を走り回って、この地域はもともと広い氾濫原であり、現在の蕪栗沼は水田開発に伴って造成された遊水地=治水施設であることがよくわかった。蕪栗沼は、周囲堤、囲堯堤、越流堤が整備されており、近代的な治水施設といえる。

水田がラムサール登録されたことも画期的だが、治水施設(洪水から人間の命と財産を守ることが主目的の施設)が登録された、というのも誇るべきことなのではないかと思った。そして、生物に配慮した農法の「水田」と、洪水の影響も受け野生的な自然が残る「遊水地」が隣り合って存在することで、多くの野鳥にとって魅力的な生息環境になっているということが、とても面白いと思った。日本の各地にこのような遊水地は存在する。その周辺で生物に配慮した水田耕作をすることは特別な効果を持つかもしれない。

さて、明日は6時におきて草刈り。今回の出張の主目的は、ここをフィールドに研究している大学院生のY君の手伝い。有機農業を悩ませている斑点米カメムシを抑制するための水田周辺の植生管理という意欲的なテーマに取り組んでいて、今回はランドスケープスケールの壮大な実験をしようというので、手伝いに来た。草刈りなら任せておくれ。

2009年7月21日火曜日

発表準備とインディアン祭り

明らかにお門違いというか分不相応というか、とにかく違和感がありつつも「アジア太平洋地域における生物多様性観測のネットワーク化のための国際ワークショップ」なる会合での発表を引き受けてしまった。未経験の場に向けて準備をする過程で新しいアイディアが生まれることもある、という自分勝手な理由で引き受けてしまったが、いよいよ本番が近づくと、「空気が読めてない」内容を準備してしまった気がして、なんとも落ち着かない。ましてや英語での発表なんてオソロシイとしか言いようがない。はい、でもがんばってきます。

この行事と連動して、7月18-20日には「生物多様性:特徴、保全、持続的利用」をテーマにしたASIAHORCs(アジア研究助成機関長会議)主催のシンポジウムが同じ会場(名古屋大学)であった。本当はこれにも参加したほうがよかったのかもしれないが、欠席にさせていただいた。理由は
めばえ幼稚園 の インディアン祭り
と日程が重なったから!
楽しかったなぁインディアン祭り。もう今から来年が楽しみである(その前に運動会か!)。

お祭りで盛り上がったテンションで家に帰り、フェイスペイントを落として、子供が寝てから発表準備を終えた。「空気を読む」必要なんてないんじゃない?という気持ちになった。

2009年7月13日月曜日

7月の浮島湿原

W君と霞ヶ浦へ。
5月にマーキングした実生の生存率を調べるため、ヨシ原の中に這いつくばっての作業。
風があったからよかったものの、この季節のフィールドはさすがに疲れる。
予想通りの結果が得られ、研究成果の手ごたえが感じられた。予想通りの結果がでるとつい「面白い面白い!」とはしゃいでしまうが、W君には「意外な結果がでたほうが面白いです」と言われる。うん、それはそうだ。さすが大物である。

調査中に、突然、来週のフォーラムでの発表内容を思いついた。けっこう良いアイディアかもしれない。問題は新しい解析をやる時間が取れるかどうかだ。

2009年7月5日日曜日

カワコンブって?

昨日の渡良瀬フォーラムで聞いた話.
旧谷中村ではお正月の昆布巻きは「カワコンブ」で作っていたそうです.カワコンブは水がきれいで流れが速い川の中に生えるもので,渡良瀬では赤渋沼から流れ出る川にはいっぱい生えていたとのこと.カワコンブってどんな植物でしょう?ご存知の方がいらっしゃいましたら教えてください.

カワコンブの話題も登場した佐々木さんのお話,面白かったなぁ.
地域に特徴的な自然を言い表すには地元の言葉が一番.私が「浅い水域や地下水位が0cm程度の過湿な立地がひろがっている状態が・・・」などとクドクドと説明していた状況は,「シベッチャレ」という一言で表現できるらしい.

川の形状に関する地域名で,蛇行の内周側は「オンマルメ」(おん丸め?),外周側は「フカンド」(深処?),合流部は「ワカサリ」(分さり?)はなんとなく由来も想像できたけど,直線部を「ウタリ」と呼ぶのは,どういう由来なのだろう.

2009年7月4日土曜日

宣伝(自然再生講習会)

まだ空席あります。奮ってご参加ください。(学割つくればよかったかな・・・)
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日本生態学会 第1回自然再生講習会
「あなたにもできる自然再生:生態学の視点から」

主催:日本生態学会
後援:応用生態工学会、日本景観生態学会、日本緑化工学会、
国土交通省、農林水産省ほか
企画:日本生態学会生態系管理専門委員会

日程:2009年8月1日(土曜) 13:30-17:00
場所:東京大学農学部1号館8番教室
定員 200人
参加費2000円

・参加者にはアンケートを提出していただき、その上で受講証明書を発行します。
・自然再生事業関係の書籍展示コーナーを設けました。ぜひ活用ください。

13:30-14:00 矢原徹一(九州大学・日本生態学会長)
「自然再生ハンドブック」について
14:00-14:30 渡辺綱男(環境省) 自然再生事業の進捗状況
14:30-14:40 休憩
14:40-15:30 三橋弘宗(兵庫県立大学/兵庫県立人と自然の博物館)
安室川自然再生事業について
15:40-16:30 津田智(岐阜大学) 小清水原生花園風景回復事業について
16:30-17:00 竹門康弘(京都大学・生態系管理専門委員長)
質疑応答、アンケート集約と閉会挨拶

連絡先 〒240-8501 横浜市保土ヶ谷区常盤台79-7 横浜国立大学
環境情報研究院 松田裕之 matsuda@ynu.ac.jp

参加申込み方法 日本生態学会事務局 course@mail.esj.ne.jp
にメールで氏名、所属、メールアドレスの情報を添えて申し込んでください。返信を受け取った時点で受付終了します。なお、この申し込み情報は、今後の生態学会生態系管理専門委員会の関係行事案内以外には使用いたしません。

自然再生講習会ウェブページ http://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/2009/090801.html

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日本生態学会生態系管理専門委員会 (2005) 自然再生事業指針. 保全生態学研究. 10: 63-75
同委員会では、現在、「自然再生ハンドブック」を編纂中です。

2009年7月3日金曜日

ブログに書く内容

あまり深く考えずに書き始めたブログですが、気がつけば開始してから一年以上が経過していました。
それほど頻繁には書いていませんが、三日坊主暦30年の私にしては長く続いていると思います。自分に近い興味をもっている人への情報提供、自分のための備忘録、息抜き(←最近は主にこれ)etc.など、いろいろな意図で書いていますが、書き始めようと思ったときに、一つだけ決めたことがあります。

それは同業者(研究者)の仕事内容や主張に対する批判は書かないということです。研究者どうしの批判や議論は、論文や学会といった科学の場でやるべきです。それらの場はpeer reviewや同業者の監視など、一応(?)公平な議論ができる仕組みが確保されています。手続きとマナーを理解していれば、たとえ「目上」の人であっても批判することができ、その妥当性について第三者がコメントすることもできます。そのような仕組みがあることが、この業界の良いところだと思っています。

以前、自分の考えに基づいてやった仕事について、科学の場ではないところで批判されたことがあり、ずいぶんと悔しい思いをしました。それは、批判されたことそのものによる悔しさではなく、反論の場がないことの悔しさでした。論文や学会誌の意見文として掲載されたものであれば、ルールに基づいて反論ができます。でもそうでない手段による批判に反論するのは難しいです。「落書き」を引用して反論することはできないからです。といって、こちらも科学以外の場で反論しようとすると、泥仕合や子供の喧嘩じみたやりとりになってしまいます。匿名が可能な掲示板で消耗的な議論(?)をしたこともあり、だいぶ懲りました。

そんなわけで、「なんだかなぁ」と思うような同業者の仕事や主張についても、ブログには書かないようにしています。

2009年6月30日火曜日

市民参加のメリットの一つに

自然再生推進法の協議会は、意思があれば原則として誰でもメンバーになれます。これまで行政が専門家を使いながら進めてきた検討に、市民の立場でも参加することができるわけです。

このことのメリットはいくつかあります。その一つに、あまり言われていないことですが、「行政の限界」を市民に知ってもらうことがあると思っています。行政は、いくつもの矛盾する要求、行使できる権利の限界、法律の文言に縛られながら仕事をしています。市民が行政の判断に意見することは意味のあることですが、一方的な批判は生産的ではありません。相互理解が不可欠でしょう。限界の中で努力している現実を知り、お互いが敬意をもって接することができなくては(もちろん努力していることが前提ですが)、生産的な議論は望めません。

自然再生推進法は、いろいろな立場の人に行政の矛盾や苦労を知ってもらい、生産的な議論ができるチャンスだと思います。でもそのためには、行政側も「腹を割る」必要があります。これは勇気がいることのようです。その勇気を発揮して、新しい関係が構築できた例は、ほとんどないかもしれません(思い当たる例は一つだけあります、いろいろ好条件が重なった例ですが)。

行政が、行政の現実を知ってもらうことをメリットと感じるようになると、自然再生も新しいフェイズに入るかもしれないな、と思います。

IME辞書のトラブル

IMEの辞書がご乱心。登録した単語の先頭のひとつ「會田」を残してすべて消えてしまった。
自分の名前や肩書も変換できず、日本語書きにえらく苦労をしている。
いろいろと復旧を試みたがすべてダメ。あきらめて再教育をすることにした。面倒がらずにバックアップをとればよかった。。。

2009年6月20日土曜日

高校生に授業

栃木県の小山西高校とのSPP(Science Partnership Project)の一環で、5月の観察会に引き続き、今日は生徒さんたちが大学に講義を聞きに来てくれた。「植物の暮らしとタネ(種子生態学入門)」と「渡良瀬遊水地の未来を考えるために」の2コマの講義をしたが、全員がとても真剣に聞いてくれたので、こちらもだいぶノッて話をすることができた。

特に、教室からインターネットに接続して、国土地理院の「地図閲覧サービス」と農環研の「歴史的農業環境閲覧システム」をみながら、小山の高校生にとっておそらくもっとも身近な思川を題材に、川の形や町の分布の過去100年の変化を説明した部分は反応がよかった。このテはまた何かに使えるかな。

2009年6月19日金曜日

大学院生の討論会

「自然再生事業モニタリング実習」という大学院実習が6年前に新設され、ずっと担当している。この実習は、自然再生事業の作業やその市民参加型モニタリング調査に学生を参加させるというもので、今年は鬼怒川と霞ヶ浦でそれぞれ一日ずつ野外作業・調査に参加してもらった。今日は実習の締めくくりとして、野外活動に参加した経験を踏まえて、「自然再生事業における市民参加」をテーマに学生どうしで議論をしてもらった。個人でレポートを書いてもらうのもよいけれど、討論をするというのも大学院生らしくていいかな、と思って。

結果はまずまず成功。私にも参考になる意見がいくつか聞かれた。
ただ8人の参加者は意見の同調性が高くて、あえてちょっと極端な反対意見を言ってくれる「サービス精神」のある人がいなかったから、ちょっと平板だったかな。来年はディベート形式に挑戦してみようかな。テーマも、もう少し学生にとって身近で実感を伴って発現できるものにした方がよかったかもしれない。

2009年6月15日月曜日

仕事のこなし方

最近、以前よりも多様なことをこなさなければならなくなりました。ここ2週間の間にも、霞ヶ浦に調査に行ったり、北海道(日高門別)に植生管理に行ったり、学生実習の指導をしたり、、その合間に読み物(論文の査読、編集している本の原稿チェック、お勉強)や書き物(論文や本)の仕事をしたりと、めまぐるしい毎日です。

最近、一つコツがわかりました。頭が、読み仕事に向いている状態と、書き仕事に向いている状態はかなり違っているらしいので、「今は読み/書きのどちらに向いた状態か」を良く考えて、能率のよいほうの仕事を進めると良いようです。「読みたい」ときに書いてはダメ。読み/書きのそれぞれで優先順位をつけておき、頭のモードにあわせて上から順にこなしていく、と効率がよい。野外での調査や作業はいつでも出来るようです。

2009年6月5日金曜日

常陸国風土記のイベント

友人夫妻が開催するとっても面白そうなイベント(遺跡のイラスト・写真展+α?)をご案内します。
以下、矢野さんからいただいた情報です。私もなんとか時間を作って行きたいと思います。

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「常陸国フールドノート 行方の郡」
空想考古学シリーズ4

6/1(月)~6/15(月)
会場:コーヒーショップコマクサ
ひたちなか市東石川3-14-13
常磐線勝田駅から徒歩20分
湊線日工前駅から徒歩7分
営業時間:9:00~19:00(オーダーストップ18:30)
水曜日定休
主催:ジェオアート・コーヒーショップコマクサ
問合せ:029-273-9695(コマクサ)

今から1300年前の報告文書である「常陸国風土記」は
今にわずかに残る風土記の一つで、当時の茨城県の状況や
古来の伝承が記録されています。
この写本の際に略記されている風土記のなかでも
「行方(なめかた)の郡(こおり)」の章は省略されてないとされてとり、
風土記の記述に基づいて現地を調査しました。
イラストと写真で、風土記の世界、そして今に残る風土記の地を
紹介します。
イラスト:さかいひろこ   写真:矢野徳也
6/1(月)~6/15(月)
会場:コーヒーショップコマクサ
ひたちなか市東石川3-14-13
常磐線勝田駅から徒歩20分
湊線日工前駅から徒歩7分
営業時間:9:00~19:00(オーダーストップ18:30)
水曜日定休
主催:ジェオアート・コーヒーショップコマクサ

2009年5月27日水曜日

年齢

さいきんまで、なんとなく自分は36歳だと思っていたが、計算してみたら37歳だった。
思い違いをしていたことに驚いた。

2009年5月25日月曜日

5月の豊岡

5/23-5/25は豊岡へ。4月に設置した防鹿柵の効果は予想通りテキメンで、思ったより早く仮説を支持するデータがとれそう。とはいえ、2年か3年は続ける必要があるが。哺乳類による湿地の攪乱に依存して生息する生物は多い。ヒトが攪乱(耕作)しなくなっても、シカやイノシシが攪乱することで維持されている動植物がいる。

一般に、森林では増えすぎたシカやイノシシが植物に不可逆なまでにダメージを与え、深刻な土壌流出などの問題を引き起こしているとされる。しかし、私たちがフィールドにしている地域の森林ではあまりそのような印象は受けない。ちゃんと調べていないのでわからないが、林よりも湿地(耕作放棄水田)が主要な採餌場所になっているのではないだろうか。