本業で読まなければならないものが多くなり中断していたが,ようやく読了した.
この本のウリは,農業の拡散経路について世界規模で網羅的にレビューされていることである.タイトルに「起源」を謳っている割に,農業そのものの発生についてはあまり深くは述べられていない.また,実際にデータを引用しながら栽培の拡散過程について述べられている作物は主に「主要穀物」であり,様々な作物や飼育動物や習慣といった文化のセットの伝播という視点が弱く,中尾佐助先生や佐々木高明先生の本の記述を思い出すと,すこし平板な印象を受けた.しかし,ここまで世界の主要な農業を網羅したことは本当に価値が高い.
このレビューを貫いているのは,農業の拡散過程では栽培技術や作物がリレーのバトンのように受け渡されて行ったのではなく,栽培技術を持った人々が作物を「携えて」拡散した,という見方である.この見方自体は特に新鮮なものではないということが巻末の訳者による解題で述べられている.確かに意外性は感じない.しかし,このレビューの価値は,直感的にも理解しやすいこの見方(仮説)を,言語の類似性や,遺伝マーカーからの系統情報を用いて検証しているところにある.緻密な検証の結果,「農業の拡散は緯度に沿った方向の方が早く進んだ」というような(これもジャレド・ダイアモンドの著作も含めてすでに指摘されてきたことであるが)グローバルなパターンを,具体的な根拠を伴って示すことに成功している.
読破はなかなか骨が折れた.(かなり重い本書を満員電車で片手で持って読んだのは結構疲れた.)しかし,とても価値のある本を読むことができた.
ついでに.
この本の主題とは異なるが,言語の変化というものにこれまで関心をもっていなかったので,世界の様々な言語の類似性,「語族」の存在などについての話題はとても面白かった.確かに言語というのはそう簡単にかわるものではなく,そのため人間の移動分散過程を復元するよいマーカーになる,というのは納得がいく.
言語の保守性を説明するため本書中で引用されていた,Marianne Mithunによるアメリカ先住民族における言語の消失についての記述が印象的だった.
「・・・言語が消滅するとき,文化のもっとも奥深い側面も同様に消えてなくなるかもしれない.経験をまとめあげて概念化したり,考えを相互に関連づけたり,ほかのひとたちと交流するための基本的な手段がうしなわれるのである・・・伝統儀礼,演説,神話,伝説,さらにはユーモアまでが失われるのである.ことなる言語を話すときには,ことなることを言い,ことなる考え方さえするということに,話者はたいてい気がついている.言語が消失するということは,先祖代々受け継いできたものから民族が完全にきりはなされるということなのである.」