2009年1月30日金曜日

修論発表会

私の所属する専攻(東京大学農学生命科学研究科生圏システム学専攻)の修論発表会が終わった。

「生圏システム学専攻」という言葉は???だが、英語ではDepartment of Ecosystem Studiesであり、要するに生態学の専攻だ。そして多くの研究室が保全生態学的なテーマを扱っている。私が就職したのは今から7年前だが、その頃にくらべて、生態学のテーマとして面白い研究が格段に増えたように感じた。それぞれバックグラウンドとなる分野は違うが、社会的にニーズの高い研究や先見性のある研究テーマをうまく選んでいると思う。偉そうな言い方をすれば、この専攻が設立されて10年経ち、ようやく成熟してきたということだろうか。いい専攻だなぁ、と思いながら質疑応答を楽しんだ。

今年は空間生態学やハビタットモデリングに関連したテーマが多かった。ちょっと流行なのかな。

2009年1月22日木曜日

谷中村滅亡史


いつか読まなければ、と思って入手していた本。少し読んでは、一文一文のあまりの「重さ」にページがめくれなくなっていた本で、長らく本棚に並んでいたが、今年から渡良瀬遊水地にも少しずつ関わろうと思った機会に、最後まで読んだ。

渡良瀬遊水地は関東平野に氾濫原の自然を大規模に再生できる唯一の場所だと思う。

企業と国によって奪われた谷中村は元にはもどれない。しかし谷中村とともにあった赤麻沼とその周辺の沼沢地の自然は、もう一度蘇らせることができるのではないか。それは谷中村が滅亡した頃には意識されていなかった「生物多様性の保全」という世界的な目標にとって、特別な価値のあることだ。谷中村が存在した場所にそのような新しい価値を見出して再生させるという考え。田中翁が聞いたらどう言うだろうか。

2009年1月15日木曜日

霞ヶ浦の水位

研究フィールドにしている霞ヶ浦の水位は、ほぼ毎日ネットでチェックしている。
今年の冬はYP1.3mという高い水位が長い期間維持される方針だという。今日も1.28m。こんな数字を見るたび、身が削られていく思いがする。この水位は現在の霞ヶ浦の湖岸に辛うじて残されているヨシ原の地面(大抵の場所がYP1.1m程度)を著しく侵食するものだからだ。植物の発芽が始まる3月までヨシ原を冠水させ、発芽の機会を失わせるものだからだ。

水位の問題を指摘する論文を書き、機会があれば発言もしてきたが、まだどうすることもできていない。失われていく植生をみてため息をつくばかりだ。水位管理の効果を検証する「専門家」による委員会もあるが、明らかな植生変化を示すデータを得ながらも「今後も継続したモニタリングが必要」という程度の結論しか出せていない。誰かなんとかして!

水位を直接的に管理しているのは国土交通省と水資源機構という国の機関だが、水位はここの一存で変えられるものではない。水を利用する権利をもつ主体=主に茨城県が「少なくともこの季節はそんなに水はいらない。むしろ生態系を守って欲しい」と声をあげないと。とはいえ、霞ヶ浦も河川法のもと国土交通省が「環境保全」のための仕事をする対象なのだから、自然へのダメージが大きい管理を継続するのは問題である。「環境のために水位を下げて良いですか?」と、はっきり態度を示したらいい。

印旛沼では千葉県の河川行政がいろいろと努力し、保全のための水位管理方針の変更を実現している。実験的に(局所的に)昔のような大幅な水位低下をさせた場所では、念願の沈水植物の再生も実現した。県の職員の方とお付き合いする中で、いろいろな制約の中、将来を見据えて様々な努力をしてくれる意欲的な方が複数いることを知った。茨城県にもそのような方がいるはずだ。いつかそのような方々と協力し、未来によい財産が残せる管理を実現したい。

2009年1月14日水曜日

保全生物学の講義

非常勤講師をしている早稲田大の講義が今日終わった。

毎回授業の感想や質問を書いてもらっているが、今日は多くの学生さんから感謝の言葉をいただいて、素直に嬉しかった。特に「生物を守ることは人間の生活を犠牲にすることだと思っていたが、今はむしろ逆だと思うようになった」という感想が嬉しかった。一番伝えたかったことが伝わったかな。

これから2010年の生物多様性条約締約国会議(名古屋)に向けて、新聞やニュースでも「生物多様性」の話題が増えるだろう。そうなってくると「生物多様性問題のウソ」「実は深刻な問題ではない」というような言説も出てくるに違いない。地球温暖化だってそうなっているし。いろいろな説が飛び交うとき、発言者の「肩書き」などに惑わされず、科学的根拠のある説明かどうか、根拠が不十分ながらも論理的に妥当な主張かどうか、冷静に見極める目が必要だ。

受講者20名足らずのささやかな講義だったが、そのような目を養う助けになっていれば幸いに思う。

2009年1月2日金曜日

「イネの歴史」読了


イネの歴史を体系的に知ろうと思ってこの本を読んだのだが、その目的は充たされなかった。そもそもイネの歴史には不明なところが多く、起源から現在まで一筋の流れとして説明できる段階ではないのかもしれない。この本も、多くの新しい知見や著者の推測がちりばめられており、飽きずに読めたのだが、タイトルから期待した「イネの歴史を理解」は達成した気持ちになれなかった。これは著者の責任ではなく、この分野の現状なのかもしれない。

私には植物としてのイネの歴史の話題より、稲作の歴史について言及している部分の方が面白かった。

「私の勝手な想像を書くなら、日本列島では弥生以降も、稲作中心の中央集権国家を作ろうとする勢力と、農耕といえども、たとえば休耕を伴う焼畑のような移動を織り込んだ生業を守ろうとする勢力の間の相克が続いていた。この相克はヤマトに王権ができた4,5世紀ころに始まり、400年ほど前(近世初頭)まで続いた。相克の「後遺症」はその後も残り、さまざまな形での社会的差別として今に及んでいることは多くの識者が指摘している通りである。」(p.179)

「足跡をともなう「水田遺構」の中には、あまりに多い足跡のためイネがどこに植えられていたのかと疑われるものもある。・・・それらはイネを植えていた水田の跡なのか、それとも「かつてイネが植えられていたことがあったが、廃絶の瞬間は休耕されるか別の用途に使われており、足跡は、たとえば魚や他の動物を捕まえるときについて」など、田植えとは関係の無い生産活動(あるいは祭祀とか遊びのような非生産的活動だったかも知れない)の結果と解することもできる。」(p.184)

読んでいて感じたのは、失礼ながら、文章や構成が洗練されていないことだ。「話が横道に逸れたが・・・」といった表現が何度も出てくる。また、
「日本列島における稲作の画期は二つあったと私は考える。ひとつは先にもちょっと書いた中世から近世への転換点でおきたこと、もう一つは縄文時代の最晩期から弥生時代に渡来したであろう水田耕作という技術の渡来である。このうちのどちらが大きいかといわれれば、前者のほう(中世から近世への転換)のほうが大きいと思う。」(p.180)
のように文章の中で同じ語が重複して出てきたりしている。内容が面白いのに、読みにくい。

しかし、この分野の最新でスタンダード(と思う・引用文献などからして)な知識が片手サイズの本で読めるのはお得感がある。

2009年1月1日木曜日

2008年を振り返って:研究

昨年は自分で進める新しい研究は小ネタだけで、主に論文執筆と学生の研究サポートが中心だった。

論文としては、10年近く保全の研究と実践に関わってきたカッコソウとアサザについての論文を一通り出版することができた(いくつかは印刷中)。またアサザについてはこれまでの研究と実践をまとめた英語の解説論文も投稿中である。ここまで研究と論文執筆が進んだのは、並外れた熱意をもってこれらの植物の研究と保全の実践に取り組んでくれた卒業生の方々のおかげである。特にカッコソウのOさん、アサザのUさんTさんは、すぐには論文につながらないような実践活動でも献身的に進めてくれた。後輩・学生ながら、保全生態学者として尊敬している。

アサザもカッコソウも、個体群はまだ安心できる状態では全く無く、今後もモニタリングと保全の実践が続くが、これまでに明らかになったことが一通り印刷物になったので研究者としては気持ちよく仕事ができる。

もう一つ、研究面で昨年進んだことは、自分が委員になって進めている印旛沼の植生再生の実験・実践の成果を、実際に調査をしたコンサルの方を第一著者とした論文にすることができた(正確には論文はまだ投稿していないので「できつつある」)ことである。

行政主催の委員会で研究者が調査や実践の計画を提案し、コンサルが実施し、報告書にまとめられる、ということは数多く行われている。しかし、研究者の肩書きをもつ人間が提案して結果を解釈しているからといって、それが適切であるという保障はまったくない。はっきり言って、世間には問題のある事例はたくさんある。事業の成否を判断できない調査デザインだったり、アセスやモニタリングで明らかに問題のある結果が得られているのに「顕著な問題は認められない」といった結論が明確な根拠もしめされずに導かれていたり。何か、事業や委員会の質を保つ仕組みが必要である。私も行政主催の委員会に入っている立場で何ができるか考えた結果が、事業の途中段階でなるべく多くの論文を書き、peer reviewの仕組みによって質を維持するというものである。

また別の問題として、コンサルの質の問題というのもある。昨今の「随意契約」に対する条件反射的ともいえる素朴な批判にも現れているように、行政による業者発注では「受注金額」ばかりが注目され、業者の質が十分であったかについての評価が適切に行われているとはいえない。私も以前の職場で業者選定の仕組みに触れたことがあるが、少なくとも、生態学的な調査の能力や取り纏め能力を評価して選べる仕組みは無かった。しかし、これはぜったいに必要である。その評価基準の候補として、過去に関わった事業で公表した査読付論文の内容や数、というものが考えられる。近い将来は、「関連した内容の業務についての論文業績」が業者選定の根拠として認められるようになるかもしれない。私はそのようになったら良いと考えている。

そこで私は、コンサルの方を著者とする論文を出版できるように、委員の仕事の一部として、本業以外の時間を使ってなるべくサポートすることにした。これを実現するには、十分な質のデータをとってもらわなければならないのは当然だが、それだけではなく、発注者である行政にも理解が必要である。このことは、最近数年間考えていたが、昨年はその最初の試みがほぼ実現したということで新しい年だった。