2009年8月4日火曜日

上海2日目(8/3)

二日目の行き先は太湖と長江の間に無数にある大小さまざまな湖沼、それらをつなぐクリーク、水田といった、湿地帯である。

日本で過去30年間に起こった環境の変化が、この地域では5年間くらいの間に生じつつあるように感じた。日本がたどった湿地の生物の喪失の道を、おそらくそれよりも早く走ってきているという印象だ。まだ日本ほどは喪失が進んでおらず、この一日だけでも、クロモ、イバラモ、フサモ(or ホザキノフサモ)、コウガイモ、マツモ、ササバモ、シャジクモ、イトイバラモ(or オオトリゲモ or トリゲモ)といった沈水植物を湖の中でみることができた。しかし、アオコが発生している湖も多く、いくつかの湖では、沈水の切れ藻や、サンショウモやオオアカウキクサといった日本では絶滅危惧になっている浮遊植物とアオコが岸辺に吹き寄せられている光景がみられた。水草優占の湖から植物プランクトン優占の湖へのレジームシフトが生じつつあるところということだろう。霞ヶ浦では1970年代後半から80年代初頭にかけて、このような状態だったのではないだろうか。


湖岸はコンクリート化されてはいるが、霞ヶ浦などとは異なり、高い堤防は築かれていない。李先生によると治水上の問題はそれほど無いとのこと。では何のために護岸しているのだろう。洪水の心配はなくても、道路などの人工物を近くに作ってしまった関係で、侵食は防止したいのかもしれない。また、このようにコンクリート化して、その陸側に遊歩道を設けるようなデザインが「近代的」ととらえられているのかもしれない。

いま日本のいくつかの湖沼では、過去の開発で失われてしまった植生を再生させるために大きなコストが投入され始めている。これは必要な努力だが、この地域では、なんとか劣化を食い止め、保全することが緊急課題だと思った。すでにいくつかの湖では手遅れ(カタストロフを起こしている)かもしれない。しかし、幸いにしてまだ一年生の沈水植物もそれなりに見られる場所もある。ホットスポットを抽出し、保全を進めることが何にもまして重要だと思った。

しかし、ほとんどの湖で湖岸がコンクリートの直立護岸になっている。保護区として重視している場所も、沈水植物を残す努力はされているが、抽水植物帯が失われていることには注意が払われていないようだ。生物多様性の視点が、まだ十分ではないのかもしれない。ご案内をしてくださった李先生と、エコトーンの重要性と、この地域で再生させる手法について議論した。


今回の旅で、湖とともに楽しみにしていたのは、田んぼを見ることである。日本の低地水田稲作のルーツであるこの地域では、田んぼや水路にどんな「雑草」が生えているのだろうか。圃場整備や農業の近代化で日本からは失われてしまった植物が、この地ではまだ残っているのだろうか。それとも農薬の使用は盛んなようだから、もう失われてしまっているのだろうか。

答えは、除草剤が使われている田んぼは水田の水路も含めて見事に雑草が無いのに対し、そうでない田んぼには日本では絶滅危惧になっている「雑草」がたくさん生えていた。除草剤の散布は、畦の草が黄色くなっているかどうかで判断できる。畦草が緑の、おそらく除草剤がほとんど使われていない田んぼは、全体としては稀だった。しかし、そのような田んぼでは、サンショウモ、ミズオオバコ、ミズマツバ、キカシグサ、シャジクモ、ミズワラビ、コナギといった植物がイネと混生し、水路にも2m間隔くらいで大きなミズオオバコがみられ、クロモやマツモなどの沈水植物もみられた。このような田んぼは、米を生産できる一方で、氾濫原の生物にとっての生育場所ともなっている。耕作のしかた次第では水田は自然破壊ではなく、氾濫原の生物保全になるとは言われているが、本当にそうなのだということが実感できた。たまたま見つけた「雑草豊かな」田んぼでは、草取りをまめにやっているのか、これらのイネ以外の植物がみられるのは主に畦の際に限られていて、イネが抑圧されているようには見えなかった。