2010年6月19日土曜日

アサザ巡検メモ(鳩崎・麻生・大船津・爪木)

(調査メモはふつう非公開で作成していますが、アサザの現状は関心をお持ちの方も多いので、ブログに書くことにしました。)

6月17日、国土交通省霞ヶ浦河川事務所とコンサル会社の方々とともに、今年のアサザの様子を見に行った。場所は、鳩崎、麻生、大船津、爪木の4箇所。

全体に、私自身が調査していた3-4年前に比べて占有面積が小さく、残存している場所でも葉はまばらで、「活性が低い」様子だった。全体に共通して意識しておくべきことは、今年は春の日照が少なく気温が低かったため、アサザの生育には厳しい年であるということである。とはいえ、多くの場所では昨年も衰退していたので、今年がたまたま悪い年だったとは考えるべきではないだろう。 ただ、衰退要因はたいてい複合的なため、気象条件が悪い年は、他の要因の影響が通常よりも顕著にあらわれることが考えられる。

鳩崎。1996年まで種子生産がもっとも盛んな個体群が存在していたが、その後消失、「実生のレスキュー」の活動で復活しかかっていた場所である(保全活動の詳細は、高川ほか2009保全生態学研究14: 109-117)。アサザのパッチは上流側の石積み突堤付近にわずかに残るのみだった。残存している個体の様子をよくみると、葉身が失われ葉柄のみが残っているものが多くみられた。もしかすると、食害も個体群衰退の原因となっているのかもしれない。このあたりはコブハクチョウも多いと聞く。根や地下茎は健全な様子で、黒変・壊死(底質が過度に貧酸素になると生じやすい)は目立たなかった。

鳩崎の展葉範囲は極めて小規模になってしまっていたが、ヨシ原では実生を多く見ることができた。また、昨年発見したヨシ原内の陸生型の定着個体も、まだかなりの数が残されていた。陸生型の定着個体は、サイズからすると2-3年目の印象だが、もしかすると切れ藻が打ち上げられて定着したものかもしれない。この点は、遺伝解析が重要だ。個体群の保全のためには、これらの実生個体(それぞれが別のジェネット)を定着させ、水面に展葉できる状態に成長させることが特に重要である。

麻生。小野川の河口部の生育地(鳩崎・古渡)が衰退・消滅したのちの霞ヶ浦では、もっともジェネット数が多く、現在では唯一、両花型の個体が生育している場所である。展葉面積は過去と遜色がない印象だったが、全体に葉が小さく、黄色い葉が多かった。葉が小さいのは今年の気象条件が影響しているのかもしれない。黄色い葉については、ほとんどの場合、葉柄がついた状態で茎からは切れているものだった。何が切ったのだろうか。ザリガニか、釣り人か。この日の調査中もアサザ群落の中で釣りをしている人がいた。現在の霞ヶ浦では、アサザが生育している場所は魚がよく集まっているので、釣りのポイントになる。それは良いのだが、釣り糸が絡まるのを避けるため、アサザを刈り取ったりする人がいるらしい。地下茎を掘り上げてみたが、根や芽が黒変・壊死している様子はなかった。

大船津。かつて比較的広面積に展葉がみられたが(ただし1ジェネット)、消失しかかったため、いったん系外に移植し、湖岸の修復事業後に再導入した場所。再導入後は良好に成長したが、その後、再び大幅に衰退した。現在残っているのも、昨年あたりに再々導入されたものかもしれない。一部で生育が確認されたが、昨年か今年に移植されたものかもしれない。ここでも、鳩崎と同様に葉身のない葉柄が認められた。

爪木。以前から底質が砂~細礫質であることが特徴の場所だが、その様子は今年も変わらなかった。アサザは、葉が極めて疎らになっていた。葉身が失われている様子はここでも認められた。天候のために活性が低いことに加え、食害もあるのかもしれない。地下茎・根は健全な様子だった。

他のアサザ自生地はまた別の機会(7月上旬)に調査する予定だが、とりあえず、ここまでのところで感じたことをメモしておく。

個体群保全のためにはジェネット数の維持がもっとも重要である。個体群の現状把握では、遺伝的マーカーを用いたジェネット数の把握が不可欠と言ってもよい。霞ヶ浦のアサザはジェネット数が極端に減ってしまっているので、個体群維持のためには実生定着の促進を図ることがもっとも重要だ。しかし、現在の霞ヶ浦の不自然な水位管理条件下では、実生定着ができないことがわかっている。(その理由についてはNishihiro &al. 2009 Biological Conservation 142:1906-1912などで述べている。近日中にウェブページにも解説を載せる予定。)高川ほか2009で紹介した「実生のレスキュー」のような人為的措置によってでも、実生からの個体を増やすことが重要である。とはいえ、定着後の「親個体」も軒並み衰退しているので、湖内に導入しても安定的に維持されない可能性が高い。現在、実生が認められる鳩崎地区では、実生周辺のヨシの刈り取りなどにより、陸生型でも良いから個体を維持するとともに、一部を系外に移植して育成することが有効と考えられる。

定着後の親個体(浮葉をつけているステージ)の展葉面積や葉の密度も、各ジェネットの存続性を通して個体群の存続性に影響する。したがって今年確認されたような展葉面積・密度の低下の原因を明らかにし、それが年変動のようなものではなく一方向的な衰退を招くようなものであれば、何らかの措置を講じるべきである。詳しくは今後の調査結果を待つべきだが、今のところ得られている情報と今回の巡検の所見を総合すると、アサザの親個体の衰退は水質や底質の悪化による生理的なダメージや、水位管理による影響よりも、物理的なダメージの影響が強い可能性が高い。もちろん要因は複合的なため、今年は気象条件が不適だったことで、食害者等による物理的なダメージがより顕著に影響している可能性がある。今後の環境調査では、水質・底質の調査だけでなく、食害者の調査(トラップによるアメリカザリガニの調査、観察・撮影による鳥類・釣り人の調査、ソウギョなどの植食性の魚類の調査)を行うことが望まれる。